癒えない傷

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「美桜・・なかなかもどって来ないから心配したぞ」  瀬良先輩の厳しい感じの表情を見て、私は少し驚いた。なんていうかイメージと違う・・昔はもっと優し気な柔らかい印象だったけど。 「お手洗いに行っただけよ、大晴さんたら過保護ね」 「お義父さんも心配している。君はもう戻りなさい。若林の具合が悪いのなら僕が御子柴を呼んでくるから」 「あらそう・・貴方がそう言うなら、そうするわ」  美桜さんが女性らしい柔らかな素材のスカートを揺らしながら廊下の角を曲がって消えていったのを確認して、やっと解放された事にほっと胸をなでおろした。すると瀬良先輩は私に、申し訳なさそうな表情を向けた。 「美桜が何か失礼な事を言ったんじゃないか?悪かったな、勇・・」  どきりとした。  昔のようにー・・勇と呼ばれた事に。 「い、いえ別に・・」 「若林!!」  慌てた私の否定の声は、別の声に掻き消された。明らかに不機嫌な怒気を孕んだその声に、ぎくりとした反面、安堵を覚えたのは何故なんだろう。  御子柴は怒った顔でドスドスと歩いてきた。そして乱暴に私の腕を掴むと、自分の背中の後ろへ隠す様に引っ張り、奴はなんと───瀬良先輩にメンチをきった・・! 「若林になんか用すか?」  私と瀬良先輩は同じ事を思ったに違いない。  な・・  なんだコイツ?? 「特に用というわけじゃないが・・」 「じゃあこいつに近づかないでもらっていーっすか?来月からお隣に戻っていらっしゃるみたいっすけどー」  ガラ悪っ! 瀬良先輩が目を逸らした! 「み、御子柴・・アンタ何言って・・」  先輩に何てことを! 青ざめて奴の服を引っ張った私の肩に、唐突に奴の腕が回された。 「あと、気安く下の名前で呼ばないで下さい。俺の嫁なんで」  ───肩を抱かれて。  そんな恥ずかしいこと言われて。  私の身体は沸騰したかの如く真っ赤になった!! 「───バカッ! 御子柴、もう行くよ!」  思いっきり奴の耳を引っ張って一旦店の外へと連れ出す。    は、恥ずかし〜! 絶対アホだと思われてる! 「イテっ、離せよ若林!」 「アンタはね、バカなのっ!? 先輩にあんな事言うなんて・・」  だけど────。  なんでなんだろう。目頭が熱くなったのを感じて私は、顔を手で覆った。 「・・ありがと・・」      まるでこの世界で御子柴だけは私の味方でいてくれる・・そんな風に言われた気持ちになった。  傍から見たらバカップルだけど・・カッコよかったよ御子柴・・! 「若林・・俺・・」  奴の手が私の頬へと伸びてくる。しかしその手が到達する事は無かった。 「いたーーー!御子柴、若林!何やってんだ!」 「ウソ!?今いいとこ・・」 「うわーなにこんなとこでイチャついてんのお前ら!引くわ!ムカついたから今日は絶対帰らせねーからな!」 「はぁ!?嘘だろ!?帰してマジでお願い!」 「だーーーめーーー」  同僚達の謎のスクラムに笑いと共に飲み込まれた私達は、飲みの席へと連行された。私の顔にももうすっかり、笑顔が戻っていた。  月がビルから覗く霞ヶ関。  今宵、祝いの席はまだ続く───。 「勇ちゃんと御子柴君、仲良さそうで羨ましいなぁ。・・ねぇ、大晴さん?」 「・・あまりくだらない世間話で彼女を煩わせるなよ。彼女も将来を期待されている身だ」 「あら。勇ちゃんだって女の子だもん。貴方の言うくだらない雑談だって必要だわ。例えば恋愛話とか・・」 「・・・・」 「前からつい構いたくなっちゃうのよねぇ・・素直で可愛いんだもの」
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