結婚記念日

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結婚記念日

 江東区の2LDKのリビング。私達は一枚の紙を前に睨みあっていた。 「アンタさ。ほんっとーにいいの?」 「いいっつってんだろ」 「もう後戻りできないんだからね?後で嫌になっても戸籍汚れるんだからね?」 「最初から分かってるわそんなの。何だよ今更」 「その・・御子柴はホラ、私と違って・・普通にできそうじゃん。結婚とか・・」  この間、瀬良先輩の前で啖呵をきったときだってカッコよかったし。悔しいけど────。  男勝りで長身、バリキャリと男が引く要素しかない私と違い、こいつは意外と警視庁内でも人気があるらしい。男なら29歳なんて行き遅れでもなんでもないし、キャリア組ってのもむしろ好条件だ。同じ立場でも男と女ではこうも違うのかと思うとこの世が恨めしいが、それで世間が変わるわけでもなし、女として生まれてきた事自体を呪うしかないのかもしれない。 「はぁ・・私も男に生まれてたらモテモテだったはずなのに・・」  思わず肩を落としてため息をついた私。すると私の頭の上にはポンと、奴の手が乗せられた。 「いんだよ俺は。最初から決めてんだ」 「でもアンタ、気づいてないだけで実はモテてるらしいよ?全然かわいい子とかイケるかもよ?」  御子柴に対して既にただのライバル以上の情が沸いていた私だ。やっぱり仲間には足を引っ張るよりも幸せになってもらいたいしね。  だけど奴は────。 「俺はお前がいい」  ────え?  まっすぐに向けられた真剣な瞳。  何故だか目が逸らせずに、奴の目の前で石の様に固まってしまった私の顔はどんどん熱くなる。  お、お前がいいってー・・それはどういう・・ 「可愛い子が家の中にいるとなんか緊張すんじゃん。それに趣味とか合わなそうだし気使うしな」  え? 「あ、そ、そうだよね・・」    そっか。女を感じないから逆にルームシェアとかできるって事か。  そうだよね。ナニちょっとドキドキして・・私のバカ! 「よしっ!じゃあ永遠の友情を誓いに、婚姻届提出に行きましょうか!」  ────何故だか分からないけどゲンコツくらいました!(涙)           ◆◇◆  役所に着くとそこには長蛇の列が出来ていた。既に一時間ほど待たされている。御子柴は隣で激しく貧乏ゆすりをしていた。 「あ、これかな・・11月22日、いい夫婦の日、だって。しかも大安だって。それでかなぁ?」 「いい夫婦の日だぁ?つまんねー語呂なんか気にしやがって」  チッと周囲に憚らず舌打ちする御子柴。そんな奴に気を使って私はこう問いかけたのだけど・・ 「別の日に出直す?それに前に郵送でも受け付けてるって言ってたじゃん?」 「いんだよ、今日で!」  いや、イライラしてるのアンタじゃん。気使ってやってんのにさ。相変わらず自己中な奴。 「じゃあなんか飲み物買ってこよっか?あ、あそこにパンとか売ってる〜!つまんどく?」  売店に突き進もうとした私の腕を、もうお約束のように奴の手がガシっと捕らえた。 「食うの禁止!!」 「へ?なんで?」 「なんでもだ!今日の夜は飯食うとこ決めてあるんだよ!」  へ?そういえば今日の朝、チノパン&Gパン禁止令とか出てたな。あまり深く考えてなかったけど・・ 「どっか予約してあるの?」  奴はぷいっと顔を背けた。 「行ったらわかる」  ────なんだろう。何の相談もなしに相変わらず、よく分かんない奴・・。とりあえず自己中だ。  一時間半待たされた末、私達は無事婚姻届を提出した。届けは呆気ないほどなんの不備もなく受理された。結婚て不思議なものだ。どんなに動機が不純であったとしても───本当に愛し合い結婚した人達と同じく、私達はこれで夫婦となるのだから。 「・・なぁーんか、信じられないねぇ。結婚てもっと、人生のメインイベントっていうか・・すごいものなんだと思ってた」  瀬良先輩と愛を誓い合った美桜さんは、どんな感じだったんだろう。きっとドラマの様な素敵な結婚だったんだろうな。幸せそうに笑い合う二人の姿が頭をよぎるとなんだか切ない様な気持ちがして、私は思わず下を向いた。  仕方ない事なんだよ。私には縁遠いものだって、きっと生まれた時から決まっているんだ。その代わり私にはやりがいのある仕事があるんだし────。 「若林」  奴は私の名前を呼ぶと、私の手を引いた。それがとても優しい手つきだったので、なんだか慰められている様な気持ちになった私は、そのまま奴の手の温もりを貪った。  そういえばこいつはいつも気がつくと横にいるな。瀬良先輩に恋して追いかけていたあの頃も、振られてしまった時だって・・。 「アンタはなんか、いっつも居るねぇ・・」  これからだって一緒にいるのだ。なんだか不思議な縁を感じて、私はそう笑った。いつもは嫌味を言ってくるはずの御子柴が何故だか優しく笑い返したのがまるで別人みたいに輝いて見えたので、私は少しだけ戸惑ってしまった。  
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