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「だからぁ!たまたま通りがかっただけだって。あのおばちゃんの悲鳴が聞こえて駆けつけたの。もう適当に調書書いとけよ!」
「適当にって・・御子柴さん、それが本庁の管理官の言う事ですか?」
「もう全部話したって。ハイ終わり。後はお前達でなんとかお願い」
「そういう訳には行きませんよ。これから現場検証です。ご同行願います」
「ああぁぁあもぉぉぉ」
頭を抱えた御子柴。犯人を現行犯逮捕して近くの警察署に同行してしばらく、時刻は18時を迎えていた。夕食はレストランを予約していたようだから、多分その時間に間に合わないのだろう。
「しょうがないよ御子柴。ご飯はまた今度ゆっくり行こう」
私は御子柴を気遣ったつもりだったのだが、奴は私を見てこんな事を呟いた。
「お前はまたさらっと人を傷つけるよな」
「え?うそゴメン!」
な、なんかそんなに悪いこと言ったかな?
「いーんだもー・・俺は昔からそういう間の悪い男なんだ・・。そういう運命なんだ・・」
御子柴がなんか一人でぶつぶつ呟いてる!コワイよ!
「どーしたんすか御子柴さん?」
「さ、さぁ・・コイツ気分屋で私も未だに掴めてないんだわ・・」
落ちている御子柴をよそに、現場検証は進んで行く。後は組織的に行われているものかどうか、所轄の刑事による尋問が行われるだろう。私達が解放されたのは夜の21時を回っていた。
「予約何時だったの?」
「19時」
「とりあえず行ってみようか。すっぽかすのも悪いし、席が空いてれば用意してくれるかも」
「まー・・そーだな・・」
奴はやる気の無い感じでそう答えた。そんなに行きたかったレストランなんだろうか。奴を盛り上げようと必死に話しかけ、言われた場所へと引っ張っていった先にあったのは────。
「御子柴様ですね。申し訳ございません、当店はもうすぐ閉店のお時間となっておりまして」
そう美しい所作で頭を下げたスーツの男性。
そう。そこはちょっと引くぐらいの、高級フレンチのお店だった訳で────!?
「いえ、こちらこそすみません。時間に間に合わなくて」
な・・何これ。これは確かに食いっぱぐれたらヘコむかもしれん・・いやいやそれよりコイツ、なんでこんな高級レストランをわざわざ予約して・・?
「御子柴!こんなとこ予約してんなら先に言ってよ!それになんでこんな高い店予約してんの!?」
「・・結婚記念だから」
「え・・?」
「そんな時くらい用意するだろ。一生に一度の事なんだし・・」
────「一生に一度」・・?
偽装結婚なのに・・?
御子柴は一生、あそこで私とルームシェアしてくれる気なんだろうか。例え偽装結婚でも、これを一生に一度の思い出として残してくれようとしたのだろうか。
なんなのコイツ。変だよ御子柴。全然掴めないんだってアンタの思考回路。
でも────。
「ありがとう御子柴。食べれなかったけどめちゃくちゃ嬉しい。ちゃんと一生の思い出になったよ」
その気持ちが嬉しい────。
私が奴に笑顔を向けると、奴は驚いた様に私を見つめた。するとそこへあのスーツの男性がやって来て、私達にこう言ってくれた。
「ショートコースになってしまいますが、よろしければご用意するとシェフが申しております」
「ほんとですか!?良かったね御子柴!」
「お、おう・・」
────非番なのに事件に巻き込まれ、指輪のオーダーは出来なかったし、フルコースはショートコースへ変わってしまった。
だけど私にとってはとても素敵な結婚記念日。
私は向かい合って座る御子柴へ満面の笑顔を向けた。「偽装」ではあるけれど、こうして共に過ごせる相手がいる私は、きっと幸せ者だー・・。
どうして御子柴がここまでしてくれるのか・・鈍感すぎる私は全く気がついていなかった。
奴が席を立った先のトイレの中で、こんな気合いを入れていた事も────。
「なんか今までになくイイ感じじゃないか?やっと俺にも運が向いてきた・・!見てろよ若林。絶対に惚れさせて、俺無しではいられなくさせてやる・・!」
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