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僕たちはそっと辺りの様子を観察し、頃合いを見て立ち上がった。
「それじゃ、俺、用があるから家に帰るわ」
会計をする勇介に声をかけた。
「おう、またな」
「うん、じゃ」
僕は店を出ると急いでアパートへと歩いた。後ろから声をかけられませんようにと祈りながら。
僕はさっきまで勇介と居た喫茶店に財布を忘れてきた。
いや、本当は忘れたんじゃない。置いてきたんだ。
テーブルの上にはコーヒーカップ。サンドイッチの乗っていたお皿。雑誌。雑誌の下に隠すように僕の財布。
一人でその作戦を行うのは難しいと思った。だから親友の勇介に全てを打ち明けて協力してもらうことにした。
勇介は快く僕の要請を引き受けてくれた。
あとは運を天に任せるしかない。
僕の財布が僕の思った通りの方法で僕の手元に戻ってくるのを祈るだけだ。
僕の財布がどうなるのか?
作戦前に様々な可能性を考えた。
可能性が大きいのは置いてきた喫茶店で財布を預かっていてくれるというものだ。
僕は最低でも週に一度はその店を利用する。熱心に通うというところまでいかないにしろ常連といえそうな客だし、店のスタッフやオーナー店長のことも知っている。店の人達も同じように僕のことをある程度知っているはずだ。
財布を忘れたことに気が付いて、すぐに血相を変えて店に取りに来るだろうと考えて店で僕の財布を預かっていてくれる、というのはごく自然なことのように思えた。
次に可能性がありそうなのは財布を警察に届けることだ。それが一番無難な方法かもしれない。だけど常連客である僕が座っていたテーブルの上に置かれていた財布だし、二つ折りの財布を開けば、僕の学生証がすぐ目に付くようにしてある。持ち主がわかっている財布をわざわざ警察に持っていくだろうか。
さらに低い可能性としてこんなことも考えた。店の誰か、あるいは他のお客が僕の財布をこっそりくすねてしまうということだ。だから僕は学生証とどうでもいい店のポイントカードのほかに数枚の千円札を入れておくだけにした。もし無くなったとしてもあまり痛くない金額。少なすぎてこれしか持っていないのかと思われない程度の金額。一人暮らしのあまり裕福でない学生が財布に入れていそうな額。大抵の支払いはスマホがあれば済むからそうたくさんの現金はいらない。
そして一番ありそうな可能性。
僕はその可能性に賭けてこの作戦を考えた。そしてこの作戦がうまくいく確率は五十パーセントくらいと見当を付けた。
それは誰かが僕の部屋に財布を届けてくれるというものだった。
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