お財布を忘れた!

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 どうか扉の向こうにいるのは店長じゃありませんように。  そう願いながらドアを開けた。  ドアの向こうで、サキちゃんが何かを探しているかのような目で僕を見た。 「あの、お財布忘れませんでした?」  そう言って財布を差し出す。 「あ」  僕は驚いた仕草でおしりのポケットに手をやった。 「テーブルの上に置いてあったんです」 「わざわざ届けてくれたんですか? ありがとう」 「この近くをいつも通っているので。それじゃ」  帰ろうとするサキちゃんを追って僕は慌てて通路に出た。 「ちょっと待って。何かお礼を」  サキちゃんが振り返って僕を見る。 「お礼なんていいです」  そう言ってまた歩き出そうとする。 「あの、ちょっと待って」  ここで帰られたら全てが水の泡だ。こんなチャンス、もう二度と訪れることはないだろう。  サキちゃんが再び僕を見る。  僕は頭が真っ白になり、何を言っていいのかわからなくなってしまった。今までいろいろなパターンを想定して、さまざまな受け答えのシミュレーションを繰り返してきたはずなのに。  僕はしどろもどろ、サキちゃんは不審人物を見るような眼差しでしばらく見つめ合った。  もう何でもいい。僕はありったけの勇気を振り絞って声を出した。 「サキちゃんさんは付き合ってる人がいますか?」  しまった、いきなり質問がストレートすぎた。  僕は震えるような気持でサキちゃんを見た。  サキちゃんは戸惑ったような表情を浮かべる。 「サキちゃんさん?」  ああ、そっちが気になったのか。 「いえ、サキさんは」 「サキちゃんでいいよ。彼ならいます」  ガツーン。  いきなりきつい言葉で頭をぶん殴られた。  そりゃそうだよな。こんなに綺麗な人なんだから。  元々こうなることはわかっていたはずだよ。その答えはあまり予想していなかったけれど。 「そ、そうですよね」  今度は震えるような声で言った。  サキちゃんはまた覗き込むように僕を見つめた。 「お店ではそう答えるようにしてる。色々と面倒だから。本当はいないんだけど」 「ほ、本当? もしよかったら僕と付き合ってください!」  早く告げないとサキちゃんは逃げていってしまうような気がして僕は慌てて言った。 「うーん」  サキちゃんは視線を逸らしてしばらく考える。  地に落としておいて持ち上げて、また落とされるのか? 今度落とされたら立ち直れなくなりそうだ。 「君がお店に来る理由は薄々感づいてた。もちろん私だけじゃなくて店のみんなも」 「僕が店に行く理由?」 「私に会いたくて来てたんでしょ?」  うわ、全てお見通し。しかもサキちゃんだけでなく店の人たちまで知っていたなんて。  僕は思わず赤くなって俯いた。 「そうでしょ?」  サキちゃんが念を押す。  僕は降参した。 「そうです。僕はサキちゃんさんが好きです」  ついに言ってしまった。というか、付き合っている人がいるかと尋ねた時点で好きと言ったようなものだけど。 「実を言うと私もね、君の姿を見ない日がしばらく続くとそろそろ来てくれないかな、なんて思ってた」 「え!?」 「よろしくお願いします」  そう言ってサキちゃんは頭を下げた。  僕も慌てて頭を下げる。 「もう一度言うけど、『サキちゃんさん』はなしね」  サキちゃんはそう言って初めて笑顔を見せた。  僕はいつかもう少しサキちゃんとの仲が進展したら、今日のこの作戦のことを話してやりたいと思った。                    終わり
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