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「川瀬さん、あの。すみません」
今夜もシフトが同じの大学2年生、
川瀬由貴に背中汗だくで話しかけている。
目的は、肉まんの保温器への投入について。
時刻は18時。
この後、雨が降ると聞いていた。
お客様の来店が少なく予想される
そのタイミングで、
彼は肉まんを6個も追加しているのだ。
廃棄になりそうなんだけど大丈夫かなあと
心配になって声をかけた。
「何」
「肉まん、そんなに入れちゃうんですか」
「売れればいいんでしょ、文句があるの」
「いえ、すみません」
彼は先輩なのでそれ以上は言えないが、
退勤までの21時に捌ける可能性は、
どれくらいなんだろう。
数日前に彼とシフトが一緒だった時は、
レジに来たお客様に片っ端から声をかけ、
彼が追加投入した肉まんを売り切った。
その時は4個で、
売り切ったのは間違いなく僕だ。
果たして彼は、
店の方針で22時に保温器のスイッチを
切らなければならないことを
考慮しているのだろうか。
「売れなければ、売るまででしょ?
岸野くん、先日は売ってくれたじゃない」
「先日は先日です。今夜は雨が降りますし、
追加の肉まん、先日より増えてます‥‥」
さっきは彼は先輩だし、
それ以上言えないと言ったが、
腹を括るしかないと思った。
額の汗を軽くハンカチで拭いながら、
言葉を続けた。
「川瀬さんのその自信についていけません」
ああ、とうとう言ってしまった。
「岸野くん?」
居た堪れなくなった僕は、
顔を両手で覆い、彼から目を逸らした。
「僕がどんな思いで川瀬さんと仕事してる
のかわかりますか」
「あ、お客様来た。いらっしゃいませー」
顔を上げると、
来店を知らせるチャイムが鳴って、
お客様が数人、店内に入って来た。
ダメだ、この人には理解されない。
彼は僕と違って、かなりの楽観主義。
店長に商品補充の件で注意されても、
はーい気をつけますと笑うだけだそうで、
改善する様子がまるでない。
口癖は「何とかすればいいんじゃない?」
と「売り切るまでだよ」。
何故、そんなに強気でいられるのか。
僕の気持ちを彼が理解できないのと同じく、
彼の気持ちを僕は理解できない。
どこまで行っても相入れない関係だと思う。
早く、仕事終わらないかな‥‥。
繊細なくらいキレイな顔立ちの彼を
横目で見ながら諦めの境地に陥った。
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