生きている限り。

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 「マルエツいくけど、くる?」  夕方、ソファに座って恋愛ドラマを観ているトモヒロの肩をたたいた。  トモヒロは振り返らない。65歳で定年退職して10年が経っていた。トモヒロは毎回かかさず、「一緒に買い物いく」と言ってくれていたのだが……。 「今いいとこだから」  画面では男と女がちょうどキスをしたところだった。  ユキエはため息をついて手をひっこめると、水玉のエコバックをひじにぶら下げて外に出た。  3月になったというものの、風は冷たい。すれ違った女の子があかりをつけましょぼんぼりに、マフラーに顔をうずめながら口ずさんでいた。女の子の歌が耳に入っても明後日はひな祭り、という気持ちになれなかった。  最近、夫のトモヒロの様子がおかしい。  
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