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1-15眠り薬を作る
「いいじゃありませんか、リタ様には質の良い眠り薬が絶対に必要です!!」
「…………確かにそれはそうだね、仕方がないから薬を作る道具を買うか」
「街を出る時には道具は中古で売ればいいんですよ、それならいくらかお金は戻ってきます」
「そうすることにしよう、やはり自分で作った薬の方が安心だ」
僕たちはそれから眠り薬を作るために必要な薬草を採りに出かけた、近くにある森で二人で探せば薬草はちょっと苦労したがほとんど集まった。
「あとは街の薬屋で買うことにしよう、確か残りの必要な薬草が売っていたはずだ」
「リタ様、残りの薬草はどうして見つからないのでしょうか?」
「単純に季節的なものだろう、エルフの森では一年中どこでもみつかるんだけどね」
「ああ、なるほど季節が違うと人間のいる、街の近くのただの森では見つからないのですか」
「エルフが住んでいる森は豊かな生態系を一年中ずっと維持している、こうして人間の街に出てくると不自由さが初めて分かるものだ」
「……はい、そうですね」
僕たちはおそらくその時に同じことを考えていた、僕の病気が原因で家出してしまったが、はたしてプルエールの森は再び僕たちは受け入れてくれるだろうか。懐かしい僕たちの故郷だが、帰れるのはいつになるのか、それは今の僕たちには全く分からなかった。
「大丈夫ですよ、リタ様。きっと、大丈夫です」
「ああ、この家出はどうしても僕には必要だったことだ」
「私にも必要でした!! リタ様をお一人で人間の世界に行かせられません!!」
「そ、そうなのかい?」
「はい、リタ様は普段は完璧なのにどこか危ういというか、ドジっ子なところがありますから」
「僕のことをそんなふうに言うのは君だけだよ、ソアン」
そうして薬屋をまた何件か見て回って必要な材料を揃えた、季節が違う薬草も干して良い状態で保存してあった。そのまま道具屋に行って薬を作る道具を大体金貨5枚で買った、宿屋に戻ったら薬を作るためにもう一つ問題があった。
どうしても火を使うので場所が問題だった、宿屋の部屋ではちょっとできなかった。だから宿屋の主人にお願いして夜に厨房の一角を貸してもらうことになった、しっかりと料金はとられたがどうしても必要だから仕方なかった。厨房が閉まっている夜中になってから薬作りをはじめた、純粋な水などが欲しかったのでソアンに魔法を使ってもらった、『水』の魔法はとても綺麗な純粋な水を生み出すのだ。
「とにかく今回は時間との勝負だ、ソアンもこの薬草をすり潰してくれるかい?」
「おまかせください、粉々にしてみせます」
「それとこっちの鍋にまた水をいれてくれ」
「はい、『水』」
「こっちとその薬草を混ぜ合わせながら煮ていくんだ、あまり匂いがしない薬草ばかりで良かったよ」
「朝ご飯の時に薬の匂いはご迷惑になりますからね、それとできるだけ速く薬を作り終えないといけませんね」
ソアンの作り出した水を使ったり薬草をすり潰したり、混ぜたり煮込んだり逆に冷やしたりした。そうやって、ソアンにも手伝ってもらいながら薬を作った。それほど時間はかからずに薬は完成した、少しだけ飲んでみたが味もほとんど変わらないし、効果は問題なさそうだった。多めに薬草があったので水薬で15本ほど作っておいたから、僕はしばらくは眠り薬に困らなくて済みそうだった。
ソアンは作業中もにこにこしていた、何が嬉しいのかは分からないがとても満足そうだった、その様子が気になって僕は聞いてみた。
「ソアン、何か良い事でもあったのかい」
「えへへっ、内緒です」
「そうかい、それでは仕方ないな」
「いえ、実は……、魔法でリタ様のお役にたてたのがちょっと嬉しくて!!」
今回はソアンがいろいろと手伝ってくれた、特に今の僕には魔法が使えないから純粋な水、それをソアンが魔法で作り出してくれたのがとても助かった。僕はそこで少しだけソアンの気持ちが分かった、以前には僕は魔法が使えるソアンに僕は嫉妬したくらいだった、でも今では素直にソアンに魔法を使ってもらうことができるんだ。変な劣等感を持って醜い嫉妬なんてしなくてよくて、ただソアンの優しさに穏やかに感謝できた。
「ありがとう、ソアン。君の魔法に助けられた」
「リタ様、どういたしましてです!!」
ソアンはまた嬉しそうに笑った、僕も微笑みながら薬を荷物に入れた。鍵はかかるが宿屋の部屋は多少は盗難の危険がある、だがこんなに沢山の薬を持ち歩くわけにもいかないので、眠り薬や薬を作る道具は宿屋の部屋に置いておくことにした。この宿屋にも長くお世話になっているものだ、ゼーエンの街にきてからずっとここに寝泊まりしていた。
それからまた数日は僕は寝込んだりした、それで落ち込んだりもしたけれどなるべく口には出さなかった。でもどうしても不安な時にだけソアンに相談した、すると大体は僕が考えていることが間違っているのだ。
「リタ様は自分を過小評価し過ぎなのです」
「そうなのかな、自分では冷静なつもりなのだけれど」
「いいえ、短剣で私と戦えるくらい強くて、知識と技術を持った薬師にもなれて、リタ様は良いところがいっぱいなのです!!」
「……そうかい、そうなのかな。それじゃ、もうちょっとだけ自分を信じてみることにするよ」
だがそれから何日か経ったある日のことだった、沢山作ったはずの眠り薬が幾つかなくなっていたのだ。その日も鍵はしっかりとかけて出かけたはずだった、それなのに眠り薬だけが3本ほどなくなっていた。それ以外には何もなくなっていなかったから、泥棒の狙いは僕の作った薬だけだったようだ。最初はわけがわからなかった、眠り薬だけを狙う泥棒なんているのだろうか、いや常識に考えてそんな泥棒はいないはずだ。
「宿屋に盗難があったことを知らせよう、なんなら費用を出して鍵をかえて貰ったほうがいい」
「リタ様のお薬を盗むなんて許せませんが、どうして眠り薬だけを盗っていったのでしょうか?」
「泥棒さんの身内に眠れない人がいるのかな、あれはエルフである僕用に作ったから心配だ、多分だが人間には少し強すぎる薬になるはずだ」
「それじゃ、ぐーぐーとよく眠っている人が犯人ですね」
とりあえず僕は宿屋に盗難があったことを伝えた、宿屋はそれはすまなかったと謝罪してくれて、すぐに部屋の鍵を取り換えてくれた。この宿屋では鍵をかけても完璧には盗難があることは避けられないらしく、何年かに一回くらいは盗難の訴えがあるのだそうだ。だからそんな時にはもう鍵自体を取り換える、それでまた何年かは盗難の心配をしなくて済むのだそうだ。
その時はそれで済んだと僕たちは思ったのだが、それから3日ほどしてから宿屋に泥棒が自首してきたのだ。泥棒はまだ成人もしていない男の子で、宿屋にいつもパンなどを売りにきている子どもだった。彼は真っ赤な顔でボロボロと涙を零しながら言った、僕たちと宿屋の主人に囲まれた一室でこう訴えてきた。
「ぼ、僕はフェーダー。く、薬を盗んだのは僕なんです」
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