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1-18ライゼ村を探る
「俺はゼーエンの街をおさめる男爵の次男である、だから皆は俺の言うことを聞くべきなのだ」
その言葉を聞いて僕は人間とは時として契約を重んじる種族だと思い出した、だからプルエールの森にいた頃に若長候補として聞いていた、この国との大切な契約の話を持ち出してみた。
「ジーニャス様、オラシオン国はプルエールの森にいるエルフと不可侵条約を結んでいます、このソアンはプルエールの森にいたハーフエルフで僕も同じように育ったエルフです。ですからジーニャス様からの勧誘、軍からの徴用はお断りさせていただきます」
「うむむむぅ、おぬしはプルエールの森の関係者なのか」
「たとえそうでなくてもよく知らない者への勧誘や、軍への徴用は避けるべきだと思います、なぜなら兵士たちの指揮に関わることになるでしょう」
「はははははっ、どこまでも正論だが、それだけにちと耳が痛いな」
ジーニャスという男は大笑いした後にあっさりと僕たちを解放してくれた、そしてゾンビが現れたライゼの村を好きに歩けるようにしてくれた。ふう、プルエールの森がオラシオン国と仲が良くて助かった。僕はオラシオン国と契約を結んだ、その親の世代の英断に感謝した。それから僕とソアンは軽く話し合って、別々に村を見てまわることにした。
「さて、それじゃソアン。ゾンビ退治なんだけど、ジーニャスの部隊がもうほとんど倒しているようだね」
「そうみたいですね、村人がほとんどいませんが、全員がゾンビにいきなりなったのでしょうか」
「そこがよく分からないんだ、ソアンも僕とは別に行動して、主に女性たちに話を聞いてみてくれ」
「分かりました、リタ様。どうか、お気をつけて」
僕たちはライゼの村の生き残った人々に話を聞いた、その人々は疲れ切っていたがポツリポツリと話をしてくれた。埋葬していた死者がいきなりゾンビとなって襲ってきたこと、それから生きている人間まで不調になり、そうして死んだ者はやがてゾンビになったことが分かった。僕は話を聞き終わった後に、村の結界石の様子を見に行った。
魔物除けの村の清浄な結界石には問題なかった、それではどうしてゾンビが現れたのだろう。そう考えていると僕に不意に現れたジーニャスが声をかけてきた、相変わらず剣士数名を護衛にして見た目だけなら、ただ単に威張っているだけの貴族だ。だが本当に威張っているだけの貴族なら、こんな状況が分からない場所には来ないだろう。
「ふははははっ、おいプルエールの森のエルフよ」
「リタと言います、貴方はジーニャス様ですね」
「ジーニャスでいい、おかしいとは思わないか。村を守るはずの聖なる結界は維持されている、なのにゾンビが現れて村人を襲い続けている」
「確かにとてもおかしな事態です」
「国にも急いで報告はするが、ライゼの村人は全滅だろうな。国が動き出してからでは遅すぎる、全く貴族というのも楽ではない」
「ジーニャス、貴方はゾンビはどこから現れたとお考えですか」
ジーニャスという20歳くらいの魔法使いは僕の問いに黙り込んだ、頭の中でいろんな可能性を探っているようだったが、迷いに迷って最後にはこう言いだした。
「禁忌の術を使った者がいるのかもしれん、いわゆるネクロマンサーというやつだな」
「もし国がそれを知ったら大騒ぎです、部外者の僕に話してよかったのですか」
「もうすでに兵士たちの間で噂になっている、今更エルフ一人に隠したくらいでどうにもならん」
「確かにネクロマンサーがいれば、ゾンビの謎の発生も分かりますが」
「証拠が何もないのだ、このジーニャス様でさえ探し出せなかった」
「それにこの村を狙った、この村だけが襲われた理由はなんでしょうか」
全てが分からないことだらけだった、ゾンビがいきなり現れた理由が分からない。普通の人間をゾンビにしている理由も分からない、そしてライゼの村が狙われた訳も分からなかった。分からないことだらけだったがこれ以上ここにいてもできることがない、僕とソアンは話し合ったあとにゼーエンの街に帰ることにした。
「ソアン、ここにいたら僕たちも危ないかもしれない」
「そうなのですか!? 分かりました、リタ様。すぐゼーエンの街に帰りましょう」
「冒険者ギルドの依頼は失敗になるけど、魂の尊厳には変えられないからね」
「私たちもゾンビになる可能性があるのですね、なにそれ怖い!!」
「あくまでも推測だけれど、多分だが間違ってはいないと思うんだ」
「帰りましょう、リタ様。理由が分からないものから逃げるのは、別に恥でもなんでもありません」
それから僕たちは一応ジーニャスに挨拶をして、ゼーエンの街に3日かけて帰ることにした。幸いなことにその3日間には何も起きなかった、ただ森が不気味なほどに静まりかえっていた。僕のエルフという生涯でこんなに静かな森は初めて見た、森が何も語りかけてくれないのは初めてだった。普通の森はおぼろげだが意志があり、機会は僅かだがエルフには話をしてくれることもあるのだ。
帰ってきたゼーエンの街は変わっていなかった、僕たちは冒険者ギルドに行ってまず依頼は失敗したことを報告した。僕たちの冒険者としての経歴に傷がついたが、僕たちの命や魂の尊厳には代えられなかった。それからライゼの村がほどなくして全滅したと少し噂になった、ジーニャスもそれなりに努力したのだろうが村人のゾンビ化を防げなかったのだろう、言っていることのわりにジーニャスという人間は真面目そうに見えた。
「本当にネクロマンサーがいるのだろうか」
「だとしたら大変です、リタ様でも危険過ぎます」
「僕は魔法が今は全く使えないからね」
「たとえ魔法が使えたとしても、やっぱり危険なことには変わりありません」
「ソアン、君も気をつけるんだ。ライゼの村とゼーエンの街はそれほど離れていない」
「つまり犯人が次にこの街を狙っても、何も不思議はないわけですね」
僕たちは眠る前にそんな話をした、その夜のソアンはリアルなゾンビ怖い、本当にアンデッドとか勘弁して欲しい。そうぶつぶつ言っていたが、やがて僕の腕の中ですやすやと眠ってしまった。本当にゾンビを生み出している者がいるのなら、その狙いは何なのだろうかと僕は考えた、考えたが理由は分からずに眠り薬が効いて眠ってしまった。
それからしばらくは何事もなくすんだ、ゼーエンの街は変わることなく発展していた。近くの村がゾンビによって全滅したなんて嘘みたいな話だった、僕も普段はなるべくそのことを考えないようにした。ゾンビを生み出した理由が分かるだけの材料が無く、それを調べる手段も見つからなかったからだ。だから冒険者ギルドに行って、雑用なような依頼をこなしていた。
「ソアン、僕はこのところ調子が良いよ」
「そうですね、でもリタ様。病気には波がありますから、充分にお気をつけて」
ソアンの言ったとおりだった、それから数日してまた僕は寝込むことになった。朝から夕方まで何もしないで過ごした、ソアンもいつもどおりにそんな僕に何も言わなかった。そんなある日のことだった、僕が朝からベッドでごろごろしていると、とある知人が僕を訪ねてやってきた。
「貴方がリタさんですよね、フェーダーさんが大変なんです!!」
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