1-2歌ってみる

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1-2歌ってみる

「リタ様、それではお湯を沸かしますね。『(ウォーター)』と『(ファイア)』」 「……ありがとう、ソアン」  ソアンと二人でプルエールの森を飛び出してから一週間ほど、僕はソアンの可愛らしい笑顔に癒されつつ旅を続けていた。だがお昼の準備でソアンが簡単に魔法を使うことを密かに羨ましいと思ってしまい、僕はなるべくなんでもない顔をしてお礼をいった。ソアンが二人で集めた薪に魔法で火をつけて、僕たちは小さ目の水の入った鍋をその火で温めた。焚火の火を見つめるソアンの顔は楽しそうに微笑んでいて可愛らしい、自分の養い子だからとひいきめでみてもやっぱりとても可愛らしい。  そんな可愛らしいソアンは女性だがその中でも身長は高くない、本人は150せんちくらいですかねと言っていた。せんちという言葉の意味は分からないが、彼女は僕が180せんちくらいだと言って、僕の背が高いことを羨ましがっていた。背が低くても、むしろ低いからこそ、小さくて可愛らしいと思うのはやはり育ての親の欲目だろうか。ああ、鍋に入れた水が温まってきたようなので、僕はそこに具を入れていくことにした。 「それじゃ、その辺で採ったキノコのスープにしよう」 「ううぅ、お肉も狩れれば良かったのですが、でもリタ様が作るスープもとっても美味しいです!!」  そう言って微笑むソアンは本当に可愛い、僕の養い子になった最初の頃には痩せていて、とても笑顔なんてみせてくれなかった。それが今ではこんなに可愛い女の子になった、ソアンはドワーフとエルフのハーフで、かなり昔に村を飛び出していった母親のエルフ、彼女が死ぬ間際に連れて帰ってきた子だ。エルフは自分の育った森でこそのんびりと育てるが、外の世界では色々と大変な場面に出くわすことがある、だが今はまだ僕はにこりと笑ってソアンの誉め言葉に笑顔を見せた。 「リタ様、無理に笑わなくていいんですよ」 「んん? ソアンと一緒にいる時は無理はしてないんだけど……」 「それは嘘ですね!! さっき私が魔法を使った時にリタ様は少し眉をよせました。いいんですよ、今はもう魔法が使えなくたって大丈夫です!!」 「………………ソアンにまで嫉妬しているようじゃ、僕は保護者失格だね。うん、正直なところ魔法が使える君のことが、僕は羨ましくてたまらないよ」  エルフは魔法が使えて普通の種族だ、そしてそれをより研究していくことを日々の仕事としている。それ以外は僕のような若長候補は別だが、他の皆は森の果物やキノコに野菜たまに肉も食べて、時には精霊と会ったりしてとにかくのんびりして過ごしている。僕もただのエルフだったら良かった、血筋が良く魔力を多くもつ家系だったから、僕はそんな理由で若長候補に選ばれたのだ。 「……できないことはできないって言っていいんです」 「でも、魔法が使えないエルフなんて、恥さらしもいいところだよ」 「そんなの一部の選民思想の強い連中の言っていることです、そんなとってつけた理屈はリタ様には何の関係もありません」 「そうかな、でもそうなのかな。でも、僕は魔法が使えなくなって悔しい。僕は魔法が大好きだったのに……、悔しくって苦しくて堪らないんだ」  僕が魔法が使えなくなった理由は分からない、ソアンはすとれすだと言っていた。すとれすが何かは分からないのだが、あまり良いものじゃないことは分かる。僕は鍋の中を意味もなくかき回したりして気を紛らわせる、本当にもう一度魔法が使えるようになれるなら、僕は努力しようと思っていた。今もそう思っているし、実際に毎日欠かさずに魔法の鍛錬は忘れない。でもどうしても使えないのだ、何か体の一部を失ったような喪失感があって、そして魔法のこと以外に気がまわらない。 「リタ様、できました!! それじゃ、干し肉と一緒に食べましょう。食べないと元気もでませんし、良い考えも思い浮かびません!!」 「……そうだね、それじゃ。えっと、イタダキマスだっけ?」  ソアンは食べる時にはイタダキマス、食べ終わったらゴチソウサマと言う習慣があった。これは僕が彼女を引き取る前からの習慣で、特に害はないので僕もソアンと一緒のいる時には言うようにしていた、今回もだからそうした。ソアンはまだ150歳ほどの若いエルフなのに、森以外に知っている場所も少ないのに、時々驚くほど大人びていることがある。僕と同じかもっと年上の女性かと思うこともあるくらいだ、それが何故かと聞くとはぐらかされてしまうので、今はもう大抵のことは追及しないことにしていた。 「それじゃ、これからオラシオン国に行ってどうしましょうか」 「家出を提案したわりに、君の目標はないのかい」 「私の目標はリタ様がのんびり過ごすこと、好きなことをして、でも体はしっかり鍛えて、それで楽しく過ごせたらいいんです」 「…………楽しく過ごすかぁ、そうだなぁ。なんだろう、楽しいこと、好きなこと、僕は何を好きだったのかなぁ」  エルフの村で過ごした日々の記憶は250年以上もあるのに魔法のことしか頭にない、僕はとにかく魔法を追求するのが好きで堪らなかった。でもそれは今はもうできなくなってしまった、それどころか魔法のことを考えるだけで苦しい、他の皆はできているのに僕だけができないことが悲しい。そうか、僕はずっと悲しかったのか、苦しかったのか、そんな単純な気持ちに改めてようやく僕は気づいた。  はっ!! ソアンのこちらをずっと心配そうに見つめてくる視線が痛い、ソアンが可愛らしいがそれだけにそんな彼女の悲しそうな、心配そうな顔は僕には辛い。それじゃ僕が楽しい事とは何だったろうか。そうだな、うん、ああ、そうだ。……歌を歌うのは好きかな、そう言えば小さなハープを持ち出してきたんだった。食事が終わった僕は荷物の中からその小さなハープを取り出して、久しぶりに演奏しながらエルフの森の伝説を歌ってみた。これだけは自信があるんだ、昔から歌だけは魔法と同じくらいに上手かったんだ。一曲歌い終わってソアンを見ていると、彼女は頬を赤らめてゆっくりとこう言った。 「リタ様の歌声、久しぶりに聞けて、もう、もう、感激です!! ああ、涙が出てきます」 「大げさだよ、ソアン。………………でも、僕も久しぶりに歌えて楽しかったかな」  それからそのまま僕はソアンに何曲も歌ってきかせた、ソアンが昔に教えてくれた曲も歌ってみた。ソアンはそのことに大はしゃぎしていた、ソアンの教えてくれた曲たちは異国の言葉で、リズムも独特で面白いものが多かった。ソアンはゆーちゅぶがあればいいのにとか、推しが歌ってくれるなんて幸せだとご機嫌だった。よく分からないが僕も楽しかったので、良い食後の運動になったと思っていたら、ソアンはいきなりこんなことを言いだした。 「そうだ、リタ様は吟遊詩人になったら良いのではないでしょうか!!」
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