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3-8心の共有が起こる
「この宿にいる時だけでええねん、そのボーイソプラノをまた聞かせてや」
「悪いがそれは断らせてもらう、俺は自分の歌いたい時にだけ、自由に歌うようにしている」
イデアからのはっきりとしたお断りの言葉、それにミーティアは目に見えてがっかりしていた、イデアはそんな彼女を静かに見つめていた。イデアは吟遊詩人というわけではないらしい、楽器の音も少しおかしかったから、おそらくは本当に趣味で歌うのが好きなのだ。それならば強制するわけにはいかない、イデアは自由に好きな時に好きなだけ歌いたいのだ。
「エルフちゅうんは皆、こんなに歌が上手いんかいな。なんか自信なくすわ」
「ミーティア、僕が思うにイデアの歌はなかなか聞けるものじゃないよ」
「それじゃあ、エルフでも珍しい歌い手ちゅうことやな」
「そうだね、村にいるエルフでもイデアに敵う男の子はいないかな」
「くうっ!! ますます歌が聞きたくて仕方なくなるわ」
「歌うのはイデアの自由なんだから、またいつか聞けるかもしれないさ」
僕は落ち込んでいるミーティアを慰めるように言った、イデアは自分には関係ないとばかりに静かに黙って座っていた。それから僕はいつものようにミーティアに音楽の指導をした、イデアはそれを聞いていたが何も言わずにただ眺めているだけだった。ミーティアはいつも以上に僕の言うことを聞いていた、そうしてますます吟遊詩人として腕を磨く決意をしたようだった。
今夜はそうやってミーティアの音楽の指導が終わったら解散した、僕とソアンは同じ部屋にイデアは一人部屋を借りていた、ミーティアはぶつぶつと音楽の復習をしながら家に帰っていった。それにしても良いものが聞けたと僕とソアンは話し合った、昔の僕ならイデアと同じくらいのボーイソプラノが出せたかもしれない、でもそれでも歌い手としてイデアの方が上手く歌えると思った。そうソアンに言ったら、彼女からはこう反論された。
「リタ様は成人されているんですから、いつもの低音を生かした美声で歌えばいいんです!!」
「ああ、この声も声変わりしなければ得られなかったものだ」
「そうでしょう、だからあまり気にする必要はありません!!」
「でも失ってしまったボーイソプラノ、それを思い出して羨ましくなった」
「失うものがあれば得るものもあります、今あるものを大事にすることが大切です!!」
「ふふふっ、そうだね。本当にソアンの言う通りだ、あんなボーイソプラノでは歌えないけど、今の声を大事にしてまた歌っていきたいよ」
そうして日課を終わらせると僕たちは眠りについた、僕はプルエールの森で少年の姿で歌っている夢を見た。夢にはなぜかイデアが出てきて一緒に歌った、とても楽しく歌っていたのに途中でイデアが泣き出してしまう、そうやって泣きだしたイデアに僕は何かを言って必死に慰めた。そんな不思議な夢を見て翌日は起きた時に思わず涙が頬を伝った、悲しいことは何もないはずなのに何故だか涙が出たのだ。
まだソアンが起きていなかったから良かった、僕は涙を指で拭って少しだけエルフ同士で夢を共有したのかと推測した。世界の大きな力によって同じエルフであるイデアと、もしかしたら夢の中で心が繋がったのかもしれないと思った。僕が幼い頃には主に両親と稀にそんなことがあった、僕が怖い夢を見ると翌朝には両親も一緒に泣いてくれて、そうしてから怖くないよと僕を抱きしめて慰めてくれた。
世界の大きな力はいつか僕たちが命を失った時に帰る場所であり、それに生きている間にはそこは力の源でもあって、精霊術などはその力の分かりやすい例だった。今まで両親以外のエルフとこんなふうに心を共有したことはなかった、よほど気があわないと起こらない現象だからだ。僕はイデアとよく似ているのかもしれなかった、しばらくするとソアンも起きてきたので、僕たちは食事をしに宿屋にある酒場にいった。
「ああ、あの綺麗なエルフのお客さんなら、朝一番に飯も食わないで出ていったよ」
僕はイデアに心の共有が起きたのかどうか聞いてみたかった、でもイデアは既に宿を出ていってしまっていた。それならば僕の気のせいかもしれなかった、心の共有はよほど親しい間柄でないと起こらないのだ。では僕とソアンでそれが起きないのは、多分だがソアンがハーフエルフだからだった。そうでなかったらきっと僕とソアンは頻繁に心が繋がるという、そんな不思議な現象を引き起こしていたに違いなかった。
「イデアさんが出ていってしまって残念ですね、リタ様」
「そうだね、ソアン。…………彼も何か心に酷い傷があるのかもしれない」
「私が寝ている間にイデアさんとお話をしていたんですか?」
「いや、僕にもよく分からないんだ。もしかしたら、僕とイデアで心の共有が起きたのかも」
「心の共有ですか? それは初めて聞くお話ですがどういうものですか?」
「一番に多いのは夢を共有することだ、全く同じ夢をみてお互いに影響を受ける」
ソアンは心の共有という経験が無いから首を傾げていた、僕は両親との経験があったからなんとなくだが、イデアと心の共有が起こったのだと感じていた。それに別に害があるものではない、お互いに同じ夢を見て経験をする、たったそれだけのことでそんなに心配することでもなかった。僕たちが心配すべきことはもっと他にあった、それは食事を終えて行ってみた冒険者ギルドで起こっていた。
「リタ様、この依頼は!?」
「ええと『殺人鬼の捕獲に金貨20枚』、殺人鬼って何なんだろう??」
冒険者ギルドではその依頼から噂が広がりつつあった、僕たちもそんな噂を聞きに冒険者ギルドにある酒場、そこでしばらく酒ではない飲み物を頼んで周囲の話を聞いてみた。
「最近、よく娼婦が殺されるらしいわ」
「美人ばかりが狙われるの」
「男でも危ないんだってさ!!」
「男女は関係ないらしい」
「美しいって言われる人間が殺される」
「昨日も一人殺されたんだって」
「殺人鬼って、本当に人間なのかしら」
「魔物の仕業だって話だ」
「恐ろしい魔物がいるんだ」
しばらく耳を傾けているだけでこんな情報が聞けた、殺された人間ばかりで生き残った人間がいないようだ。だから犯人については何の情報もなかった、なかには恐ろしい魔物の仕業だという者もいたが、ただの魔物がこんな街の中で人間を殺してまわるとは思えなかった。ソアンはこわばった顔をしていた、以前にソアンが連続殺人犯に気をつけてください、そう言っていたことを僕は真剣に考え始めた。
「ソアン、連続殺人犯とは一体どういう者なんだ」
「私もテレビのとくしゅ……、本で読んだだけですから、ほんの少しだけしか分かりません」
「例えばどんな特徴があるんだい」
「そうですね、理性があるタイプと精神的に病んでいるタイプがいます。そのほとんどは男性が多いです、それから殺した人から記念品を集めたりするとか、殺す人間には特定の条件があったりします」
「今回の殺人鬼と言われている者が、ソアンの言う連続殺人犯かもしれないね」
「できれば外れて欲しいあくまでも予想です、何の理由で美人を殺しているか分かりませんし、リタ様はご自分の美貌に全く無自覚で私はそれが心配です」
連続殺人犯、連続して人を殺す者だ。そんな者は一体何を考えているのだろう、何が原因で人を殺すようになってしまったのだろう、そういった者はもう人間とは呼べない怪物かもしれなかった。ではそういう者の立場になって考えてみよう、どうして美しい人間を殺すのか、それはそんな人間から何か酷いことをされた。例えばそういうことだろうか、もしかしたらそういう理由で連続殺人犯、その者は人を殺し続けているかもしれなかった。
「…………深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
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