3-11近道をして駆けつける

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3-11近道をして駆けつける

「とても楽しかったわ、リタ。それじゃあ、また明日!!」 「あ、ありがとう。うん、それじゃあ、また明日」  僕は思いがけない彼女からの頬への優しいキスにそれしか言えなかった、とても驚き過ぎて同時に何故かいけないことをした気分になった。ティスタと付き合うことに何も不満は無いはずなのに、本当にどうしてそんな気分になったのか分からなかった。ティスタのキスは軽いものでとても素敵だった、なのに僕は嬉しいと思うより、とても悪いことをしてしまったと感じた。  そんな自分が不思議で宿屋までは考え事をしながら歩いた、そうしていくら考えてもティスタに悪いところはなかった。だったら僕のほうに問題が何かあるのだ、では僕はどんな問題を抱えているのだろう、何が間違っていて何が正解なのか分からなくなった。そうやって歩いている時だった、僕は無意識に宿屋に近道ができる裏道を通っていた。  ソアンの言うとおりなら連続殺人犯がうろついているのだ、僕は美人とは言えないがだからといって用心するにこしたことはなかった。だから裏道を出て表通りに出ようとした時だ、僕には聞き覚えがある声の悲鳴が聞こえてきた。そうしたらもう僕は迷わなかった、その声の聞こえるほうに走っていったのだ。 「きゃああああぁぁぁ!! 人殺し!! 痛い!! 痛い!!いや、離して!!」 「誰なんだ、止めろ!!」  僕が聞いた悲鳴はステラが上げたものだった、ステラはもう既に傷を負っていた。白いいつもの神官服が血で赤く染まっていたからだ、それに顔も酷く傷つけられて血まみれだった。ステラの長い白い髪を握って小柄な人物が立っていた、黒いローブで全身を隠していて小柄な者だとしか分からなかった。その小柄な連続殺人犯らしき者は僕を見ると、風のように軽い身のこなしで近くの壁を蹴り屋根に上って消えていった。 「うえええぇぇぇん!! 痛い!! 痛いです!! やだ、もう嫌!!」 「ステラ、落ち着いて。僕だよ、リタだ。君を傷つける者はいない、もう安心だよ」 「え!? リタさん?」 「そう、僕だよ」 「よ、良かったぁ。うぅ、でも傷が痛いです、うえええぇぇぇん」 「しまった、クレーネ草の薬を置いてきてしまった。君は誰かに手当してもらわないと、僕が君を街の役場まで背負っていくよ」  僕はステラを背負って街の役場まで今度は表通りを走っていった、その間に連続殺人犯に間違われないように僕はいつもは被っているローブを外していった。それでも僕たちの姿は注目の的になった、なんといってもステラが傷を負っていて血まみれだったからだ。やっと街の役場についてそこにいた役人に話をしたら、ステラは治療を受けられることになったが、その前に役場の奥に連れていかれて顔を水で洗われた。 「うっ!? ステラ、大丈夫かい? ……これは酷い傷だ」 「うえええぇぇぇん、ううぅ、リタさん、私の顔はそんなに酷い傷なんですか?」 「大丈夫だよ、酷い傷だが、回復魔法できっと治る」 「ううぅ、それなら良いですが水がしみて凄く痛いです」  大声で泣くステラの顔には大きく×印が刻まれていた、それで出血も多かったし顔が血まみれだったのだ。役人はそのステラの顔の傷の形を確認した、そうしてからステラは街の役人から回復魔法をかけて貰えた。幸いにも回復魔法の『大治癒(グレイトヒール)』でステラの顔は元通りに戻った、傷痕が綺麗に消えたのを見て僕はほっとして体の力が抜けた。  役人から僕も怪我をしているのかと心配されたが、僕の服についているのはステラの傷から出た血だけだった。ステラは顔以外に体にも回復魔法をかけてもらっていた、体も浅くだが数回刺されていたからだった。もし僕が通りがかるのが少し遅かったなら、ステラは死んでいたかもしれなかった。それから僕とステラは別々の部屋に連れていかれた、そうして事情を聞かれたので僕は素直に話した。 「裏道を通っていたら聞いたことのある悲鳴が聞こえたんです、だから行ってみたらステラを傷つけている小柄な人物がいました」  僕はいろんなことを聞かれたが隠す必要もないので全て答えた、二刻ほどかかったがそれで僕は役人から解放された。それはステラも同じだったみたいで僕たちはまた顔を合わせた、それからステラは意外なことを僕に向かって言いだした。それはステラを襲った犯人についてのことだった、僕が知らないことをステラがこう言いだしたのだ。 「リタさんも見ましたよね、あの怖い女性を見てましたよね!!」 「女性? いや確かに小柄な人物だったけれど、性別は僕は分からなかった」 「私ははっきり聞いたんです、あれは絶対に女性の声でした!!」 「声までは僕は聞いていない、そんなに特徴的な声だったのかい」 「ええ、まるで綺麗な小鳥のような声でした」 「人を殺そうとした者には似合わないね」  ソアンから連続殺人犯は男性が多いと聞いていた僕はちょっと驚いた、あとで女性の連続殺人犯がいるのかもソアンに聞いてみようと思った。ステラは殺されそうになって無理もないことだがまだ体が震えていた、だから役場の職員に付き添われて神殿に帰ることになった。僕は役場の役人から解放されたので表通りを帰ることにした、今度は間違って裏道に入らないように気をつけた。 「ただいま、ソアン」 「おかえりなさい、リタ様?」 「ああ、ごめんよ。ちょっとだけ、怖い目にあったんだ」 「一体どうしたんですか、体が少し震えていますよ」 「本当に怖かったんだよ、ソアン」 「もう大丈夫ですよ、リタ様」  僕はすっかり夜になって宿屋に帰ったら、酒場で僕を待っていたソアンを思わず抱きしめた。ソアンは少し驚いていたが、僕が落ち着くように背中をさすってくれた。それで僕はようやく落ち着いて、それからソアンに話しをすることにした、ステラの惨い血まみれの傷を見た後だと食欲もなかった、だから肉類は止めてスープとパンだけの夕食にした。 「帰り道でステラを襲っている連続殺人犯にでくわしたんだ」 「そんな危険な目にあったんですか!?」 「幸いにも向こうが逃げていった、だから僕もステラも死なずにすんだ」 「それは本当に良かったです、多分リタ様を排除するには時間がかかると判断したんでしょう」 「ステラは連続殺人犯が女性だと言ってた、小鳥のように高い声だったんだって」 「女性の連続殺人犯ですか、いないわけではありませんが……」  ソアンに連続殺人犯に会ったというと、僕は改めて怪我をしていないか確認された。僕のローブについているステラの返り血がみつかって、ソアンが心配したりしてくれたが僕は無事だった。ローブは後で洗っておくことにして、ソアンから女性の連続殺人犯について聞いた。ソアンは少し考えていたが、自信なさげにこう言いだした。 「そうですね、女性の連続殺人犯はやっぱり少ないです。金銭が目当てで殺す者が多いです、それか相手をわざと弱らせて殺しかけて自分で看病するという者がいます。そうでなければ肉親が犠牲になることも、その場合はなんらかの恨みからの犯行です」 「今回はどれも違っている、ステラは目立たないが顔は整っていて美人だ。だが犯人の女性と面識はなさそうだし、財布なども狙われていなかった」 「女性の連続殺人犯で誰かに命令されて殺す者もいます、その者に認められたいという欲求からです」 「それは否定できない説だな、誰かに命令されているかどうかは分からなかった」 「本当に女性なんでしょうか、女性の連続殺人犯は圧倒的に少ないんです。そして、今回の美人なら無差別というのは男性の連続殺人犯に多いと思います」 「ステラが今のところ唯一生き残った証人だから、その証言をもとにして警備隊は街の女性を調べるだろう」  僕は先ほどあった犯人の姿を思い出してみた、確かに小柄な人物で女性と言っても良かった。でも女性が男女関係なく美人を殺して回るだろうか、だとしたらそれは一体どんな欲求から殺人に至っているのだろう、考えれば考えるほど余計に訳が分からなくなってきた。そもそも連続して人を殺すような者だ、動機なんて犯人にしか分からないのかもしれなかった。  僕はクレーネ草の薬をしっかりと持ち歩くことにしようと決めた、今回はステラは軽傷ですんでいた、だがそうでなければ助けられなかった。クレーネ草の薬の効果が大のものと小のもの、どちらも最低1本は持ち歩くことにした。ソアンにもそう言ったら、彼女もそれを薦めてくれた。それから僕はようやくティスタとのキスのことを思い出した、帰ったらソアンに相談しようと思っていたのだ。  でもよく考えたらソアンにそんな相談をするのはちょっと気がひけた、ソアンだって自分の兄のような存在の恋愛事情なんて聞きたくはないだろう、だからソアンに相談はせずに一人で考えることにした。連続殺人犯のことで頭から消えていたが、こっちはこっちで頭の痛い問題だった。方程式を解くのとは違うのだ、これは答えがあるかどうかも分からない問題だった。そうして、僕はふと思いついた。 「そうだ、ソアン。もし僕がお願いしたら、僕の頬にキスをできるかい?」
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