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3-12襲われた話を聞いてみる
「そうだ、ソアン。もし僕がお願いしたら、僕の頬にキスをできるかい?」
「え!? そ、それはできますけど……」
「それじゃ、後で子供にする眠る前のおまじないみたいに、怖い連続殺人犯を夢を見ないように頼むよ」
「本当に子どもみたいです、リタ様。でも、仕方ありませんね」
そう言ったソアンは少し赤い顔をしていたが、兄のような僕の頬にキスをするくらいは平気なようだ。僕は本当の理由は言えずにソアンにすまないと思った、本当はティスタとのキスと比べてみたかったのだ。僕の大切な家族であるソアンからのキス、ソアンが幼い頃にはよく眠る前にキスを頭などにしてあげた、その頃のことを懐かしく思いながら僕は断られなくてほっとした。
そうして夜もふけるとミーティアが音楽の指導を受けに来た、ただ今夜は連続殺人犯のこともミーティアに話しておいた。彼女もかなりの美人だから本当に気をつけて欲しかった、ミーティアは連続殺人犯ば女性と聞いてやはり驚いた、そしてそれじゃ歌にならないと文句を言っていた。女性が犯人ではいまいち曲が盛り上がらないし、もし間違っていたら情報屋としては恥だからだ。
「女が娼婦を殺すかいな!? ステラのやつ、耳が悪くなったんとちゃう?」
「彼女も命がけだったから、でも犯人の声を聞き間違えるかな」
「ほやな、命がかかっとったんやもんな。うん、でもステラはおっちょこちょいやからな」
「確かにステラはちょっと粗忽なところがある、今夜は僕が言い忘れたことがあるから、明日は神殿に行って彼女に会っておこう」
「それがええんちゃう、ステラは注意しとかんとまた狙われるわ」
「彼女に連続殺人犯がいるから、危険な裏道を歩かないように伝えておくよ」
「でも女が犯人なんて信じられんわ、まさか女の真似でもしとったんやろか」
「男性が女性の声を真似るのは難しい、僕は歌うからかなり高めの声をだせるが完全には無理だ」
僕はミーティアとの会話の中で一つの可能性を思いついた、男性が女性の声の真似をするのはかなり難しいが、それがまだ声変わりする前の少年ならそれも可能だ。そう思いついてすぐにイデアの顔が浮かんだが、彼はボーイソプラノだが少し低い声に変わりつつあった。もう一人はアウフの顔も思い浮かんだ、犯人はかなり敏捷な動きをしていた、それは彼のような少年だったかもしれないのだ。
だから眠る前に僕の部屋にソアンに来てもらって、二人でベッドに座ってこの仮説を彼女と話し合ってみた。声変わりをする前の少年ならば女性の声のように聞こえることもある、そして魔法がある程度は使えれば僕が見た犯人のように身軽に動くことができた。でもあくまでも僕が言っているのは仮説だった、本当にステラが言ったように女性が連続殺人犯かもしれなかった。
「確かにリタ様の言うことは可能です、でも今度は動機の点で矛盾が出てきます」
「動機、美しい人間を選んで殺す、その犯行をするそもそもの理由だね」
「そうです、男性の秩序型の連続殺人犯だったら、長い妄想の末に事件を起こすことが多い。つまりは年がある程度経っている方です、少年でも子どもの頃から妄想を持つ可能性もありますが……」
「今度の犯人はある程度の大人だと、そうソアンは思っているのかい」
「最初の殺人がどんなものだったのか分かりません、でももう少なくとも5人以上が殺されています。つまりは犯人は手慣れているんです、それなりの年齢なんじゃないでしょうか」
「確かにもう5人も殺されている、それに僕の存在を見て即座に逃げだす、状況の判断力もある成熟した大人のようだ」
そこで僕の仮説である声変わりをする前の少年が犯行を行った、その仮説には大きな矛盾が出てきてしまった。ソアンの言っていることは正しいように思えた、これだけ殺人が続いているのにまだ犯人は捕まっていない、それは犯人が人を殺すことにもう慣れているからだ。同時に僕はそんな恐ろしい者がいるのかと思って、その残酷でありそして冷静な犯人を思うと、ゾッとして背筋が寒くなってしまった。
そんな僕の背中をソアンがポンポンっと叩いて、それからとても優しい笑顔で笑った。それは大丈夫だよ、ここは安全ですよ、そう僕を安心させる笑顔だった。
「それじゃ、リタ様。約束です、良い夢が見れますように」
そう言ってソアンは僕の頬に優しいキスをしてくれた、僕はそんなキスをされて胸が温かくなった。とても優しいキスで小鳥の羽で頬をくすぐられたようだった、そんなに優しいソアンが愛おしくて僕はとても嬉しくなって、同じように彼女の頬にできるだけ優しいキスを返した。ソアンはちょっと頬が赤くなっていたが、それは子どもの頃みたいに扱われたからだろう、僕はそんな可愛いソアンに贈り物をしておいた。
「ソアン、君にこれを」
「わぁ、桜の髪留めですね!!」
「君は桜のことが大好きだから」
「ええ、……桜を見ると故郷を思い出すんです」
「プルエールの森を?」
「ふふふっ、そうですね。今はそう言っておきます」
「素敵なキスをありがとう、ソアン」
「リタ様こそ、ありがとうございます」
僕たちはそうお礼を言ってから別れてそれぞれの部屋に眠りにつくことにした、でも僕は眠る前にハッキリした事実についてよく考えることになった。ティスタとのことだ、僕は彼女を好きではないのだ。おそらくだが今後も男女としての愛情をいだくことはできないだろう、ティスタはとても良い人間だったがそれだけでは僕の心は動かなかったのだ。
本当に恋に落ちるとはどういう時なのだろう、少なくとも僕にとってティスタはそんな相手じゃなかった。だから僕は彼女の恋人候補を止めなくてはいけなかった、いつか好きになるその可能性もないわけではなかった。僕は結論を急ぎ過ぎているような気もしたが、それでも誠実である者ならば恋人候補を止めるべきだった。
明日はステラに会いに神殿に行く予定だ、だからティスタとは今度会った時に話すつもりだ。正直に恋心を抱くことはできなかったと告げる、そうしてティスタの恋人候補を止めるのだ。一度そう決めたらスッキリしたような気がした、これは正しいことなのだとどこかで確信することができた。僕はティスタに恋心も家族のような愛情も持てなかった、それを残念に思いつつ僕は眠りに落ちていった。
「連続殺人犯? あれはそんなに怖い人だったんですか!?」
「だから、ステラ。今度は裏道なんて歩いちゃいけないよ」
「はい、でも……。あれは、絶対に女性でした!!」
「元気になったようで何よりだよ、ステラ。ただ、他の可能性はないかい」
「私よりも高くて美しい綺麗な声でしたよ、言ったことは恐ろしいことでしたけど」
「えっ、犯人は何て言っていたんだい?」
翌日の僕も心の調子が良かったから、ソアンと一緒に予定どおりにステラに会いに行った。神殿について多少の寄付をすると、すぐにステラに会わせて貰えた。ステラはどうやら女性が犯人だと思い込んでいた、それだけ高い美しい声を聞いたのだと言っていた。そうしてからステラは少し言い淀んだ、犯人に何と言われたのか僕たちはそれが気になった、ステラはようやく恐怖を乗り越えかけていた。
犯人にステラは顔を切り刻まれたのだ、その恐怖は安全な神殿にいても、一晩では拭い去ることはできなかったようだ。ステラはまた体が酷く震え出した、ソアンがそんなステラの体に優しく、できるだけそっと触れて落ち着かせようとした。そんな優しいソアンから勇気をもらったのか、ステラは重い口をようやく開いた、そして震え声で覚えていたことを話してくれた。
「美しい者は恐ろしいから殺す、お前たちは真っ赤な血が好きなんだ。美しさなんてまやかしだ、全てズタズタに切り刻んで壊してやる。まず今夜は、お前だ……」
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