7、愛情ゆえの心配①

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「うん、美味い。相変わらず見事だな」 「本当? 良かった。急いで作ったからちょっと不安だったんだ」 「楓の料理に外れは無いぞ。俺が保証するから自信を持て」 「ふふ、ありがとう」 風呂から上がった康介を出迎えたのは、カルボナーラを中心にしたパスタメニューだった。 カラフルな野菜サラダと、温かいトマトスープが食卓に更なる彩りを加えている。 「俺が風呂に入ってる間にこれだけ仕上げちまうんだから、恐れ入るよ」 ガツガツとカルボナーラを食べる。 香ばしく焼けたベーコンが更なる食欲を刺激して、勢いが止まらない。 美味しいものを食べることで、自然と顔に笑みが浮かぶ。 「将来は料理人になるのもありかもな」 「僕が?」 「ああ、もちろん」 「うーん」 「こんなに上手だから料理が好きなのかと思ってたが、違うのか?」 「ううん、好きだよ。でも、康介さんに喜んでもらうことしか考えてなかったから」 「え?」 「他の人にも喜んでもらえるかどうか」 「そりゃあ、もちろん。美味い料理ってのは全ての人間を幸せにするもんだ。  楓には間違いなくその才能があるぞ」 「そ、そう?」 「あー……でも、今ちょっと俺の中でせめぎ合いが発生してるな」 「せめぎ合い?」 「たくさんの人に楓の料理の美味しさを知って欲しい気持ちと、  俺だけのものにしておきたい気持ちが喧嘩してる」 「えぇ……」 「まあ、なんだ。ゆっくり考えて、やりたい事を見つければ良いんだ。将来は。  考える時間はまだまだたっぷりある」 「うん。ありがとう」 親子らしい会話を交わして、穏やかな時を過ごす。 やがて食事が半分ほど過ぎた頃、康介が何気なく切り出した。 「なあ、楓。今日は何かあったか?」 「え?」 「いや、普段なら帰ってる時間に居なかったから。  まあ、高校生だし。別にめくじら立てるような時間でも無いんだが」 高校生になる息子に干渉して雁字搦めにしたいわけではない。 ただ、先の事件のことがある為、心配だった。 「うん。学校でね、補習を受けてた」 「補習?」 「うん。僕は数学が苦手だから、先生が補習をしてくれることになって」 「ああ……」 康介の心配を察してか、楓は事もなげに答えた。 その内容に、康介は少しばかり拍子抜けする。 「そう言えば、テストが近いんだったか」 「うん。他の科目は何とかなりそうなんだけど、数学だけちょっと……」 「しばらく学校どころじゃなかったもんな。仕方ないさ」 「……うん。先生もその事を考慮してくれて。それで、補習の時間を作ってくれたんだ」 「そうか。そうだったのか」 「心配かけてごめんね」 「いや、良いんだ。理由が判って安心した」 「心配してくれてありがとう」 「当たり前だろ。俺はお前の親なんだから」 ほっと息をついて、康介は止まっていた食事の手を再開する。 先ほどまでよりも、美味しさが増したような気がした。 「それにしても、良い先生だな」 「うん。わざわざ僕の為に時間を作ってくれて、本当にありがたいことだと思う」 「数学ってことは担任か」 「うん。中岡先生」 「ああ……」 康介の脳裏にしかめっ面の中年男性の姿が思い起こされる。 直接会ったのはつい最近……楓が巻き込まれた事件について説明しに行った時だ。 「気難しい奴だと思っていたが、生徒思いな一面もあったんだな」 「うん。僕も誤解してた」 「まあ、なんだ。少し大変かもしれないが、頑張れ」 「うん。頑張る」 笑顔で頷く楓を見て、康介もまた笑みをこぼした。
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