8、愛情ゆえの心配②

1/1
前へ
/90ページ
次へ

8、愛情ゆえの心配②

「…………」 寝室のベッドの上で上半身を起こし、康介は本を読んでいる。 その傍に楓の姿は無い。 テストに備えて自室で勉強をしているのだ。 それを邪魔するわけにもいかないので、康介は本を読んで楓を待っていた。 「先に寝てて良いから」と言われていたが、待っていた。 (あ、またやっちまった) 時折、無意識に楓の体に触れようとして手が空を彷徨う。 そんな自分に呆れて、小さくため息をつく。 一緒に寝るようにしたきっかけは、楓の安全を確保する為だった。 が、今となっては楓が傍にいないと不安で眠れないのは自分の方だ……と、康介は自嘲する。 (今日だってそうだ) 帰宅した時、部屋に明かりが無かった。 楓が帰っていないことを知ると、途端に不安でいっぱいになった。 どこかで倒れたんじゃないか? 事故に遭ったんじゃないか? まさか、また何か事件に巻き込まれたのか? と、嫌な想像を巡らせて焦燥感に駆られた。 そんな中、少し遅れて帰宅した楓を見て、彼が無事な姿でいるのを見て、心から安堵した。 (やっぱり、あの事件のせいだよなあ) 浦坂実が起こした事件は、康介にも酷いトラウマを植え付けた。 僅かな間とは言え、康介は楓の死に直面した。 蘇生を果たし、日常に戻った今でも、康介はあの時の恐ろしい感触を忘れたことが無い。 その為、楓の身に少しでも異変を感じると不安でたまらなくなるのだ。 (いつまでもこのままって訳にはいかないよな。それは分かってる。  ……だが、どうしたものか) 本を閉じて少し先のことを考える。 否、考えようとして脳が拒絶する。 (まあ、しばらくはこのままで良いか) そう思って、何気なく時計に目をやる。 時刻は深夜の2時を過ぎていた。 (ちょっと遅くないか?) 睡眠時間を削って体を壊そうものなら元も子もない。 そもそも成績など気にしてないし、勉強だって適当で良いと康介は思っている。 (頑張るのは結構なことだが……) 楓の様子が気になった康介は、ベッドから降りた。 そして、彼の部屋に赴く。 「楓、邪魔して悪いが、そろそろ寝た方が……」 そっと扉を開けて呼びかける。 が、その途中で康介は口をつぐんだ。 楓が眠っていたのだ。 ノートや参考書を開きっぱなしにした机に突っ伏して、寝落ちしていた。 「何だ、寝てたのか」 やれやれと康介はため息混じりに笑う。 頑張って勉強していた痕跡が見て取れて、微笑ましい気持ちになる。 「全く、寝るんならちゃんと俺のところに来いっての」 笑いながらひとりごちて、康介は眠る楓を軽く抱き上げた。 そうして寝室まで運び、一緒にベッドに横たわる。 しっかりと楓を抱き締めて、髪を撫でて、ようやく康介は眠りに就くことができた。 この日の夜は、楓が悪夢に魘されることもなく穏やかに過ぎていった。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加