2、血の繋がらない親子②

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2、血の繋がらない親子②

翌朝。 窓から差し込む朝の光に導かれて、康介は目を覚ました。 隣に目をやると、そこに楓が居なかった。 慌ててベッドから飛び退き、寝室の外へ急ぐ。 「楓⁉︎」 扉を開けた先のリビングに、楓は居た。 エプロン姿で朝食の準備をしている、見慣れた光景がそこにあった。 父子二人きりの生活は、もう10年になる。 家のことの殆ど全ては楓が担っていた。 だから、康介よりも少し早く起きて朝食を作るのも、ずっと当たり前のことだった。 「あ、康介さん。おはよう」 「ああ、おはよう」 「今、起こしに行こうと思ってた」 「お前が起きた時に一緒に起こしてくれれば良かったのに」 「疲れてたみたいだから、ギリギリまで寝てもらってた方が良いかなって思って」 「そっか。気を遣ってくれたんだな。ありがとう」 安堵からその顔に笑みを湛えた康介は、よしよしと楓の頭を撫でてやった。 「でも、次からは楓が起きる時は俺も起こしてくれ」 「良いの?」 「目が覚めた時、隣に楓が居ないと不安だから」 「…………」 康介の言葉を受けて、楓は不思議そうに目を見開く。 それからすぐに、柔らかい微笑みを浮かべて頷いた。 「分かった。次からそうするね」 「ああ、頼む」 もう一度楓の頭を撫でて、康介もまた笑って頷いた。 お互いに昨夜のことには触れず、普段通りの朝を演じた。 「お、今日は洋風か」 「ベーコンエッグのマフィンサンド。口に合うと良いけど」 「楓の作る飯は何でも美味いからな。楽しみだ」 「あ、はいこれ」 「お、卵焼きな。こればっかりは外せないな。今日のも美味そうだ」 湯気の立つ小皿を手にして、康介は満足げに笑う。 康介は楓が作る卵焼きが大好物なのだ。 朝食には、和風洋風を問わず必ず卵焼きを添えるようにお願いしているほどだ。 「いただきます」 手を合わせるなり、真っ先に卵焼きを頬張る。 ふっくらとした甘みが口いっぱいに広がった。 続いて、半熟の卵がとろりと濃厚な味わいを運ぶ。 「やっぱり、今日も最高に美味いな」 「良かった。喜んでもらえて嬉しい」 康介が笑うと楓も笑う。 (ああ、本当に似てきたな) 楓の笑顔を見る度に、康介の脳裏に昔愛した女性の姿が思い起こされる。 花宮桜子(はなみや さくらこ)──楓の母親だ。 その名の通り、華やかで美しい笑顔を咲かせる女性だった。 男性なら、誰もが彼女に惹かれるほどだった。 それ故に、頭のいかれた男に目を付けられて桜子は殺害された。 桜子はシングルマザーだった。 1人遺された幼い楓は一旦は親戚筋の男に引き取られだが、そこで酷い虐待を受けていた。 後にそのことを知った康介は、楓を保護して自ら引き取る決心をした。 こうして康介と楓は親子になった。 それが約10年前だ。 (綺麗だな) 楓は中性的な顔立ちで、16歳になった今でも私服では女の子に間違われることがよくある。 母親の桜子によく似ているから、当然と言えば当然だ。 ふとした瞬間に、楓を見て康介は胸を高鳴らせることがある。 それは、明らかに親としての慈愛とは異なる想いの表れだった。 (この笑顔を穢してはいけない。俺は、この子の親になると誓ったんだ) 己の心の底にある欲望に蓋をして、康介はコーヒーを飲み干した。
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