13、涙の理由

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13、涙の理由

中岡が閉めた扉の音が響く。 二人きりになったことを確認して、康介は改めて楓を抱き締めた。 「さあ、もう無理しなくて良いぞ。今はここには俺と楓しか居ないから」 「う……うう……」 康介が言うと、楓は堰を切ったように泣き出した。 威圧感のある男に殴られたこと、白いワゴン車に連れ込まれそうになったこと。 それらは嫌でも事件のことを思い出させる。 少しずつ回復していた心の傷を乱暴に抉られたのだ。 泣きたくもなるだろう。泣くぐらいで済むのなら安いものだ。 「よしよし、怖かったな。でも、もう大丈夫だからな」 手で口を押さえて嗚咽を堪えながら涙を流す。 そんな楓をより強く抱き締めて、彼の頭を撫でる。 それ以上のことは出来ない。いつもそうだ。 せめて泣きたいだけ泣かせてやろうと、康介は楓の背中を優しくさすった。 「うう……ごめんなさい。ごめんなさい」 泣きながら楓が謝罪の言葉を繰り返すので、康介は怪訝に目を見開く。 「どうした?」 「康介さんに迷惑かけてはいけないって……思ってたのに……」 「え……」 涙の本当の理由を聞かされて、康介は一瞬困惑する。 が、すぐに暖かい笑みを浮かべて楓の頭に手を置いた。 「謝るなって。お前は何も悪くないんだから」 「でも、また康介さんに心配をかけてしまって……」 「良いんだよ。親の特権なんだから、いっぱい心配させろ」 冗談っぽく言って、何でもない事のように康介は笑った。 とにかく楓の心を軽くしてやりたかった。 「迷惑を掛けてしまうなんて思うなよ。  俺の知らないところで楓が一人で苦しんでる事の方が、俺には辛いんだから」 「…………」 「この間も言っただろ? 一人で抱え込むようなことは絶対にやめてくれってな」 「あ……」 あの時の、泣きそうな顔をしていた康介を思い出した。 胸を締め付けられるような痛みを覚えて、楓は目を伏せる。 そして小さく頷いた。 「うん。ありがとう」 「お、“ごめんなさい”じゃなくて、“ありがとう”が言えたな。よーし、良い子だ」 少し大袈裟に笑い、楓の頭を撫でてやる。 そんな康介に向かって、楓は涙を流したままの顔で笑って見せた。
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