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「っ……!」
悍ましい悪夢から逃げるようにして、楓は飛び起きた。
呼吸が激しく乱れている。
鼓動が早い。
(苦しい。苦しい。苦しい)
目を閉じて胸を押さえる。
冷たい汗が幾筋も頬や背中に伝い落ちる。
首に掛けているお守り代わりの指輪を、服の上から握り締める。
その時、楓は自分に近付いてくる気配を察した。
康介だと思った。
いつもそうしてくれているように、彼の温かくて力強い腕に包まれるのだと思った。
しかし──
「ああ、起きたね」
「えっ……?」
ぞっとして背筋が凍った。
およそ康介とはかけ離れた、冷たく骨張った手の感触が背中から伝わってきたのだ。
思わず目を開ける。
「な……に……? ここは……」
開けた視界に映るのは、見たことのない部屋の光景だった。
狭い部屋にベッドとクローゼットがあるだけの、シンプルな空間だった。
自宅の寝室ではない場所に寝かされていたことを知って、楓は混乱する。
「何で……なにこれ……」
訳がわからず、とにかくその場から逃げようとする。
が、強い力で抱き竦められて、そのままベッドの上に体を押し付けられてしまう。
押し倒される形になり、楓は恐怖心で硬直した。
「せ、先生⁉︎」
自分の上に覆い被さる男を見て、楓は驚きの声を上げる。
中岡だった。
中岡の顔が眼前に迫っていたのだ。
その顔は学校でよく見ていた“気難しい顔の先生”ではない。
下卑た笑みを浮かべて楓を見る、ケダモノの姿だと思った。
「どこに行くんだ? 君の居場所はここなんだよ」
「な、何を言ってるんですか。それに、ここは一体?」
「ここは私の自宅アパートだ」
「先生のアパート? どうして?」
「言っただろう? 私は君を守りたいんだ。
君を悪い奴から守る為にはこうするしかなかったんだよ」
「え……」
訳がわからないまま、楓は記憶を手繰る。
放課後、いつものように視聴覚室で補習を受けていた。
しかし、体調が悪くなって途中で取やめになった。
その際、中岡に指摘されたのだ。
先の事件にて、自分が受けた本当の暴力のことを。
それで錯乱した挙句、気を失った。
(その間に先生の自宅アパートに運ばれていたってこと? でも何で?)
なぜ、こんな事になっているのか。
本当に訳がわからず楓はますます混乱した。
「ここなら安全だからね。君はこれからずっと私と一緒に居るんだよ」
「え? え?」
「君は何も考えなくて良い。私と二人で幸せに暮らすんだ」
「は?」
「この部屋から出ることは許さないよ。学校にも行かせない。
君はずっとここに居るんだ」
見たことのない顔でニタニタと笑う中岡に、楓は言いようの無い気持ち悪さを覚えた。
そんな中、彼の頬に中岡の手が添えられる。妙にねっとりとした感触だった。
「ああ、やっと手に入れた」
恍惚に満ちた顔で中岡が言う。
「君を初めて見た時から、こうなる日を夢見ていたんだよ。
でも、ずっと我慢していたんだ。私には教師という立場があったからね」
「じゃあ、何で今更……」
「昨日のことだ」
「え……」
「君があの大男に襲われているのを見た時にね、興奮したんだよ。この上なく」
「えっ?」
「あの男に組み敷かれ、いいように弄ばれている君を想像したら興奮が収まらなくなった。
それと同時に腹が立った。あんな奴に奪われてなるものかってね。
だから決めたんだよ。何としてでも君を手に入れるって」
「そんな……」
「でもまさか、こんなに早くチャンスが訪れるとはねえ」
「先生がそんなことを思ってたなんて……」
──色々と良くしてくれて、ありがたいと思っていたのに。
──見た目は気難しそうだけど、実際は良い先生なんだと思っていたのに。
──昨日だって、危ないところを助けてくれて感謝さえしていたのに。
中岡の本心を知って、楓はただただ悲しくなった。
「ああ、良いねえ。可愛い泣き顔だ。もっとよく見せてくれ」
愉しそうに笑う中岡の思い通りになりたくなくて顔を背ける。
そんな事には構わず、中岡は楓の服に手を伸ばした。
制服のシャツが乱暴に破られて、外れたボタンが床に散らばる。
これから自分が何をされるのか察知して、楓は慌てて体を起こそうとした。
が、中岡にのし掛かられている状態では思うように動けない。
そんな中、中岡の手が突然ピタリと止まった。
険しい顔で、彼はある一点を睨み付ける。
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