22、本性①*

2/4
前へ
/90ページ
次へ
「っ……!」 悍ましい悪夢から逃げるようにして、楓は飛び起きた。 呼吸が激しく乱れている。 鼓動が早い。 (苦しい。苦しい。苦しい) 目を閉じて胸を押さえる。 冷たい汗が幾筋も頬や背中に伝い落ちる。 首に掛けているお守り代わりの指輪を、服の上から握り締める。 その時、楓は自分に近付いてくる気配を察した。 康介だと思った。 いつもそうしてくれているように、彼の温かくて力強い腕に包まれるのだと思った。 しかし── 「ああ、起きたね」 「えっ……?」 ぞっとして背筋が凍った。 およそ康介とはかけ離れた、冷たく骨張った手の感触が背中から伝わってきたのだ。 思わず目を開ける。 「な……に……? ここは……」 開けた視界に映るのは、見たことのない部屋の光景だった。 狭い部屋にベッドとクローゼットがあるだけの、シンプルな空間だった。 自宅の寝室ではない場所に寝かされていたことを知って、楓は混乱する。 「何で……なにこれ……」 訳がわからず、とにかくその場から逃げようとする。 が、強い力で抱き竦められて、そのままベッドの上に体を押し付けられてしまう。 押し倒される形になり、楓は恐怖心で硬直した。 「せ、先生⁉︎」 自分の上に覆い被さる男を見て、楓は驚きの声を上げる。 中岡だった。 中岡の顔が眼前に迫っていたのだ。 その顔は学校でよく見ていた“気難しい顔の先生”ではない。 下卑た笑みを浮かべて楓を見る、ケダモノの姿だと思った。 「どこに行くんだ? 君の居場所はここなんだよ」 「な、何を言ってるんですか。それに、ここは一体?」 「ここは私の自宅アパートだ」 「先生のアパート? どうして?」 「言っただろう? 私は君を守りたいんだ。  君を悪い奴から守る為にはこうするしかなかったんだよ」 「え……」 訳がわからないまま、楓は記憶を手繰る。 放課後、いつものように視聴覚室で補習を受けていた。 しかし、体調が悪くなって途中で取やめになった。 その際、中岡に指摘されたのだ。 先の事件にて、自分が受けた本当の暴力のことを。 それで錯乱した挙句、気を失った。 (その間に先生の自宅アパートに運ばれていたってこと? でも何で?) なぜ、こんな事になっているのか。 本当に訳がわからず楓はますます混乱した。 「ここなら安全だからね。君はこれからずっと私と一緒に居るんだよ」 「え? え?」 「君は何も考えなくて良い。私と二人で幸せに暮らすんだ」 「は?」 「この部屋から出ることは許さないよ。学校にも行かせない。  君はずっとここに居るんだ」 見たことのない顔でニタニタと笑う中岡に、楓は言いようの無い気持ち悪さを覚えた。 そんな中、彼の頬に中岡の手が添えられる。妙にねっとりとした感触だった。 「ああ、やっと手に入れた」 恍惚に満ちた顔で中岡が言う。 「君を初めて見た時から、こうなる日を夢見ていたんだよ。  でも、ずっと我慢していたんだ。私には教師という立場があったからね」 「じゃあ、何で今更……」 「昨日のことだ」 「え……」 「君があの大男に襲われているのを見た時にね、興奮したんだよ。この上なく」 「えっ?」 「あの男に組み敷かれ、いいように弄ばれている君を想像したら興奮が収まらなくなった。  それと同時に腹が立った。あんな奴に奪われてなるものかってね。  だから決めたんだよ。何としてでも君を手に入れるって」 「そんな……」 「でもまさか、こんなに早くチャンスが訪れるとはねえ」 「先生がそんなことを思ってたなんて……」 ──色々と良くしてくれて、ありがたいと思っていたのに。 ──見た目は気難しそうだけど、実際は良い先生なんだと思っていたのに。 ──昨日だって、危ないところを助けてくれて感謝さえしていたのに。 中岡の本心を知って、楓はただただ悲しくなった。 「ああ、良いねえ。可愛い泣き顔だ。もっとよく見せてくれ」 愉しそうに笑う中岡の思い通りになりたくなくて顔を背ける。 そんな事には構わず、中岡は楓の服に手を伸ばした。 制服のシャツが乱暴に破られて、外れたボタンが床に散らばる。 これから自分が何をされるのか察知して、楓は慌てて体を起こそうとした。 が、中岡にのし掛かられている状態では思うように動けない。 そんな中、中岡の手が突然ピタリと止まった。 険しい顔で、彼はある一点を睨み付ける。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加