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「楓、楓」
康介は腕の中の楓を軽く揺さぶり、呼びかける。
意識の無い楓の体はずっと震えていた。
彼の顔には涙の跡と打たれた痕、それに口元には血が滲んでいる。
体の方にも、いくらか殴打された痕が見てとれた。
中岡から受けた酷い仕打ちが容易に想像できる。
康介はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「楓……」
もう一度、優しい声で呼びかけて彼の頬に触れた時だった。
突如、楓が弾かれたように目を見開いた。
「──っ!」
「楓!」
「ひっ……やめっ……」
「楓、落ち着いてくれ」
目を開けるなり、楓は康介の腕から逃れようと懸命にもがく。
錯乱状態にあり、彼の意識は中岡に襲われている時のままなのだと思われる。
しかし、その動きは弱々しく緩慢で、碌に力が入っていなかった。
「楓、大丈夫。もう大丈夫だから」
抵抗などものともせずに、康介は楓を抱き締めた。
頭を撫でて、安心を促す。
やがて落ち着きを取り戻した楓が、その目に康介の姿を映し出した。
「あ……」
「楓、俺が分かるか」
「康介……さん……?」
「よしよし、もう大丈夫だ。安心しろ」
「なんで、ここに?」
「色々あってな」
楓の意識が戻ったことで安堵した康介が、優しく微笑んだ。
それから、取り出したハンカチで楓の首筋の傷をそっと押さえる。
その時、楓が震えたままの手で康介のシャツの裾を掴んだ。
「どうした?」
「康介さん……」
楓は酷く怯えた顔をしていた。
その色は青褪めていて、呼吸が不安定になる。
「奥の部屋のクローゼット……中に、中に……」
苦しそうな呼吸の中で、途切れ途切れに絞り出される言葉。
それを受けて、ただならぬ何かを察する。
「そこに何かあるんだな」
「…………」
「分かった」
康介が頷くと、楓は力尽きたように目を閉じた。
体から力が抜けて、康介の服を掴んでいた手がパタリと床に落ちる。
一瞬、ギクリと心臓が震えた。
が、気を失っただけであることをすぐに理解して、康介は小さく息をついた。
丁寧な手つきで楓の体を床に横わらせる。
それから康介は上着を脱いで、楓の上に掛けてやった。
「すぐに戻るから、待っててくれ」
そうして立ち上がり、中岡を制圧していた高倍に向かって声を掛ける。
「高倍、俺は奥の部屋を確認してくる。すぐに戻るから、ここを頼む」
「分かりました」
すると、取り押さえられていた中岡が急に焦った様子で暴れ出した。
「や、やめろ! やめろおお!」
「大人しくしろ!」
押さえつけていた中岡に高部が体重をかける。
尚も中岡は暴れようとしたが、その場でじたばたするのがやっとだった。
楓の言った通り寝室のクローゼットに何かがあることを確信して、康介はリビングを後にした。
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