30、悪夢

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「楓?」 強い力で揺さぶられて、楓は大きく目を見開いた。 耳に響く雨音、白い壁、見知らぬ部屋、それに…… 「康介さん?」 見れば、康介の顔がすぐ側にある。 病室のベッドの上で彼に抱き起こされている格好だった。 なぜか康介は今にも泣き出しそうな顔をしていたが、実際に涙に濡れていたのは自分の目元だった。 「ああ、良かった。やっと応えてくれた」 険しく歪んでいた康介の顔から力が抜けた。 表情を緩ませて、大きく息をつく。 それから康介は、楓の目元の涙をハンカチで拭った。 されるがままになりながら、楓は不思議そうに首を傾げる。 「どういうこと?」 「目が覚めたらさ、楓が泣いてたんだよ」 「僕が?」 「ああ。ぼんやりと目を開けて、ただ涙を流してた」 「え……」 思いもよらない事実を聞かされて楓は目を見開く。 「いくら呼びかけても揺さぶっても反応してくれなくてさ。  とうとう精神が擦り切れて、楓がどこかに行ってしまったのかと思った」 俯き加減になり、康介は声を震わせる。 が、次に顔を上げた時には優しい微笑みを浮かべていた。 「でも良かった。ちゃんと戻ってきてくれた」 よしよし、と楓の頭を撫でる。 すると楓はぶわっと涙を溢れさせて、康介に縋り付いた。 彼の服の裾を掴み、そこに顔を埋めて泣き出す。 少し戸惑いつつも、康介は快く受け入れて楓を抱き締めた。 温かい腕の中で、楓は幼い子供のように泣きじゃくった。 「どうした? 怖い夢でも見てたのか?」 「……うん」 「そっか。怖い思いをしたもんな」 康介に捨てられる……それは、これまで見たどんな悪夢よりも恐ろしかった。 「でも、大丈夫。全ては悪い夢だ。お前は助かった。それが事実だ」 「うん」 「よしよし、気が済むまで泣いて良いからな」 「うん、ありがとう」 安心して泣けるように、康介はひたすら楓を抱き締めて優しく背中をさすった。 その時、ふと気付く。楓の首筋にある、異様な熱。 それは昨日、中岡によって噛みつかれた場所だった。 今は白いガーゼに覆われているが、確かな熱がそこにあった。 「──!」 途端に、康介の脳裏に悍ましい光景が甦る。 中岡が楓を貪っていた、あの光景が。 怒りが湧き上がり、気がおかしくなる──が、漏れ聞こえる楓の嗚咽が康介を正気に戻した。 「よしよし、大丈夫。大丈夫だから」 自分に言い聞かせるようにして、康介は「大丈夫」を繰り返した。 より強い力で楓を抱き締めながら。 白い病室には、強い雨音がただただ響いていた。
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