5、良い先生①

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5、良い先生①

大都会の中にある学術区域。 大学、図書館、研究センター、学術施設などが軒を連ねる中に、その学校も佇んでいた。 都立・天津風高等学校。 今年の4月から楓が通っている高校である。 若いエネルギーで溢れているからか、日中の校内はいつも明るい雰囲気で賑わっていた。 放課後。 夕陽の差し込む教室にて。 なんでもない会話を楽しむ者、部活に向かう者、帰り支度をする者…… クラスメイトたちが思い思いに過ごしている。 そんな中、楓は当番である教室掃除をこなしていた。 やがて、一人また一人と教室を出て行く。 「じゃあな」 「また明日」 「掃除、おつかれー」 挨拶と会釈を繰り返してクラスメイトたちを見送りつつ、楓は掃除を進めた。 そうして誰もいなくなった教室で、黙々と箒をはく。 集めたゴミをまとめて掃除を仕上げようとした時、教室の扉が勢いよく開かれた。 「おー、いたいた。楓!」 「蒼真くん」 扉から現れたのは、元気の良い少年だった。 北條蒼真(ほうじょう そうま)……楓のクラスメイトであり親友である。 蒼真は陽気な雰囲気そのままに、ニカっと明るい笑みを見せた。 「あ、今日は掃除当番だったのか。もう終わり?」 「うん」 「そっか。手伝いたかったなあ。  中岡の野郎が無駄に長々と説教しやがるから……」 「先生に呼ばれてたの?」 「ああ。俺の髪の色がどうとか、ピアスを外せとか、クソうぜえ生活指導を喰らってた」 「ああ……お疲れ様」 「本当だよ」 苦笑いする楓に向かって、蒼真があからさまにため息をつく。 蒼真は、髪を茶色に染めていて耳にはピアスを開けている。 制服はだらしなく着崩していて、一見すると素行が悪そうに見える。 実際は心根が優しく気の良い人物であることを、楓はよく知っているのだが。 因みに、背が高く勇ましい顔つきをしているので、女子にはすこぶるウケが良い。 「こんななナリだからって人を不良扱いしやがって。ムカつく野郎だ」 「蒼真くん、悪いことは何もしてないのに」 「全くだ。教師連中ってのは見た目で人を判断しすぎだよな。うぜ」 「先生に何を言われたの?」 「根性も無いくせに不良ぶっても損しかしないぞ、だって」 「ああ、不良ぶってるって思われてるんだ」 「クソかよ。これは俺のファッションセンスを表現してるんであり、個性なんだっての。  それを黒髪に戻せだのピアスは外せだの鬱陶しい。うちの親もそうだけど」 「蒼真くんは芸術のセンスがずば抜けてるから」 「だろ? やっぱり楓は俺のことを分かってくれてるよな」 「実際、カッコいいよね」 「おいおい、面と向かって言われると照れるじゃねえか」 「でも、蒼真くんのセンスがあれば、黒髪でピアス無しでもカッコ良く仕上がるかも」 「え? そう?」 「うん。見てみたい」 「お、おお……楓がそう言うんなら、ちょっとやってみるかな」 「うん。頑張って」 上手く楓に乗せられて、蒼真は上機嫌で鏡を見る。 彼の脳内には黒髪に戻した自分のイメージが既に出来上がっているのだろう。 「さてと、じゃあ帰るか。楓、一緒に行こう」 「あ、ごめん。僕、これから補習があるんだ」 「補習?」 「うん。数学の」 「ってことは中岡か」 「前に二週間ぐらい休んでたから、どうしても必要みたいで」 「そっか。事情のあることなのにな」 「仕方ないよ。僕、数学が苦手だから。ありがたいと思わないと」 「俺は数学を教える中岡が苦手だ」 「まあまあ、担任の先生なんだから」 不満そうに口を尖らせる蒼真を宥めるように、楓は苦笑する。 「じゃあ、僕は先生のところに行ってくるから。先に帰ってて」 「おう、また明日な」 蒼真に手を振って教室を出る。 それから楓は職員室へ向かった。 「お待たせしました、中岡先生」 「ああ、藤咲か」 職員室にて、楓はとある中年男性の前に歩み寄った。 中岡恭志(なかおか やすし)【46】……楓のクラスの担任の教師である。受け持ちは数学。 「お時間を頂いて申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします」 「構わないよ」 中岡は神経質そうな顔に少しだけ笑みを浮かべて立ち上がった。 細身で背が高い。 楓は中岡を見上げながら、少し首が痛い思いをした。 「じゃあ、視聴覚室を使おうか。あそこなら邪魔は入らないだろう」 「分かりました。よろしくお願いします」 補習を受ける場所の指定を受けて、楓は改めて頭を下げた。
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