32、せめて穏やかに

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32、せめて穏やかに

自宅マンション。 ようやく帰り着いた我が家にほっと安堵の息をつく。 「あー、やっぱり自宅は落ち着くなあ」 「うん。もう帰ってこれないかと思った」 「おいおい、怖いことを言うなよ」 「だって……」 「ん?」 「ううん、何でもない」 中岡の自宅アパートに連れ込まれていた時、「ずっとここに居るんだ」と言われたことを思い出して身震いする。 それを誤魔化そうと、楓は無理やり口角を上げて笑って見せた。 「あ、お茶でもいれるね」 「え? ゆっくりしてて良いんだぞ」 「平気。何かしてた方が気が紛れるから」 「そうか。じゃあ、頼む」 荷物を部屋に置いて、楓はキッチンに立つ。 慣れた手つきでテキパキと動くが、時折殴られた腹部を庇うような仕草も見せた。 無理をさせたくない思いと、本人の頑張りを無碍にしたくない思いが康介の中でせめぎ合う。 そんな康介の目の前に湯気の立つ紅茶が差し出された。 更に、お茶請けのクッキーも添えられる。 「さ、どうぞ」 「ああ、ありがとう」 康介がお礼を言うと、楓は嬉しそうに笑った。 彼の頑張りを優先させた判断は間違ってなかったのだと思い、康介も笑った。 それからしばらく、美味しい紅茶を飲みながら他愛もない会話を楽しんだ。 晩ご飯には何が食べたいとか、楓の趣味である手芸の話、康介オススメの本について、等々。 絶えず微笑みを浮かべ、穏やかな時間を過ごした。
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