36、本心②*

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「康介さん?」 突然、突き放されるようにして腕を解かれた楓が、驚いた顔で目を見開く。 そんな彼の首筋を覆う白いガーゼ。 その奥には、中岡によって刻み付けられた傷がある。 あの男は、この白い肌に唇を這わせた挙句に噛み付いたのだ。 楓の体を無理やり押さえつけて、欲望をぶつけたのだ。 「…………」 抑制していた怒りが燃え上がってくる。 蓋をしていた感情が暴れ出そうとする。 「康介……さん?」 楓の目に怯えの色が宿る。 普段は決して見ることの無い見ることのない、 恐ろしい顔をした康介がその目に映し出されていた。 「…………」 キツく睨み付けられているような気がして、楓は身を縮こまらせた。 何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか? 嫌われるようなことをしてしまったのだろうか? 不安が募り、思考とともに体も硬直してしまう。 だから、いつの間にか押し倒されていたことに気が回らなかった。 「あ……」 楓の上にのし掛かり、見下ろす康介の目には言葉では表現できないの狂気があった。 困惑している楓の服が力任せに引き裂かれる。 その際、首に掛けていた細い鎖も千切れてしまい、通していた指輪が床に転がり落ちた。 乾いた金属音が楓の耳に響く。 「はあ……はあ……」 息を荒くして、目には爛々とした炎を宿した康介が、楓の首に手を置いた。 かつて浦坂実に同じようにされた時の感覚が甦る。 (殺される? でも、康介さんになら……) だが、康介はその手で楓の首をひと撫でしただけだった──かと思うと、首筋のガーゼを乱暴に引き剥がした。 「えっ?」 中岡によって刻み付けられた傷跡が、生々しい紅色に濡れている。 そこに康介は食らい付いた。 中岡がそうしていたように、楓の首筋に食らいつき舌を這わせた。 「あ……あ……」 びちゃびちゃと首筋を舐め回される音が耳に響く。 何が起こっているのか理解が追いつかず、楓は見開いた目を白黒させた。 そうして康介が歯を立ててより強く楓の首筋を吸い上げた時、痛みから楓が小さな悲鳴を上げた。 「──!」 楓の悲鳴を聞いた瞬間、康介の目から狂気が消えた。 我に返った康介の眼下に、白い肌を露わにした楓の姿が映し出される。 首筋を濡らす紅い傷痕と呼応するように、口の中に血の味が広がっていた。 「か、楓……!」 楓は辛そうに顔を歪めながら、酸素を求めて必死に喘いでいる。 呼吸困難に陥りかけていたのだ。 緊張と混乱によるものだった。 その目には涙が浮かんでいた。 「──!」 その時、康介の脳裏にさっき見た悪夢が甦る。 何人もの男たちに蹂躙され、泣き叫ぶ楓の姿。 そんな中で、楓は確かに康介の方を見ていた。 光の無い、虚な目を向けていた。 そして言ったのだ。 『貴方も、同じなんでしょ』と。
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