37、本心③*

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「…………」 心臓を打ち砕かれるほどのショックが楓を襲う。 泣くことも叶わず、ただただ呆然する。 そんな彼に背を向けたまま、康介は更に言葉を続けた。 「俺はずっと“良い父親”であろうとしてきたんだ」 「…………」 「そりゃあ、至らない点は幾らでもあったとは思う。それは百も承知だ」 「そんなこと……」 「けど、親として楓のことを愛して生きてきたつもりなんだ」 「……うん。知ってるよ。だから僕も、“良い息子”であろうとしてきたつもり」 「ああ、その通りだ。お前は良い子だ。俺には勿体ないぐらいに良い子だ」 「そんな……」 「いずれ楓が愛する人を見つけて、自分の幸せを掴んで俺の元から離れて……  それを親として祝福するべきだと自分に言い聞かせてきた」 「…………」 苦しみを絞り出すような康介の言葉に、楓の心の奥が疼きを覚える。 「なのに……それなのに、欲が出た」 「え?」 「楓が中岡に襲われてるのを目の当たりにした時、はっきりと分かった」 「…………」 「耐えられない怒りでいっぱいだった。許せなかった。  ……だが、それ以上に悔しかった」 項垂れたまま、康介は両手で頭を抱える。 「俺は“良い父親”である為に堪えていたのに。ずっと我慢していたのに……!」 「え?」 「このままじゃ、長い間封じ込めてきた想いが暴走してしまう。  親としてあるまじきことだ」 康介の言葉は楓にとって思いもよらないものだった。 悲愴な思いに満ちていた彼の目に、仄かな光が宿る。 「なあ、楓。どうか頼む」 それまでずっと背を向けていた康介が、突如として身を翻した。 そして楓の手を取り、強く握り締める。 「俺を拒絶してくれ」 「…………」 「俺は、あいつらとは違う。  お前を傷付けるような真似だけは絶対にしたくない。  お前が拒絶してくれたら、俺は“良い父親”のままで居られる」 「…………」 「だからお願いだ。楓、俺を拒絶してくれ」 康介が更に強く楓の手を握る。 苦しみに歪んだ形相で、必死に懇願した。
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