39、夢

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「…………」 切ない心地が込み上がり、それと同時に意識が引き上げられる。 「…………」 目を覚ました時、楓は一筋の涙を流していた。 悲しいとか辛いとか、そんな気持ちではなかった。 夢の中で、久しぶりに母親を見た懐かしさからだろうか。 それとも、かつて康介と恋仲だった母親への罪悪感からだろうか。 「あ……」 ふと、楓は気付いた。 体が清められていて、服を纏っている。 首筋に手を当てると、真新しいガーゼが充てがわれてた。 まるで、昨夜は何も無かったかのように思えた。 (夢……だったのかな。全部) 怪訝に思い体を起こす。 すると、体の奥の方から鈍い痛みが迸った。 「うっ……」 その痛みで、楓は確信する。 (ああ、夢じゃなかったんだ) サイドテーブルにはお守りの指輪が置いてあった。 安堵して、深く息をつく。 目を閉じると、更に涙がこぼれ落ちた。 その時、扉の開く音が響き、バタバタと慌てたような足音が続いた。 「楓、どうした?」 楓が泣いていることに気付いた康介が焦った様子で駆け寄る。 そして、優しい手つきで背中をさすった。 「どこか痛いのか?」 「う……ううん」 「怖い夢でも見たのか?」 「ううん」 「じゃあ……」 「昨夜のことが」 「え?」 「昨夜のことが、夢じゃなかったって分かったから」 「え……」 ピタリと康介の手が止まる。 やはり、楓を傷付けてしまったのだろうか……と恐れていた不安が押し寄せてくる。 その時、顔を上げた楓が、しっかりと康介の目を見つめた。 「だから、嬉しくて」 目に愛しさを湛えて微笑む。 それは、まごうことなき嬉し涙だった。 「そうか。そうだったか」 不安が安心に塗り替えられる。 込み上げてくる喜びに口元が綻ぶ。 ありったけの愛情を込めて、康介は楓を抱き締めた。強く優しく抱き締めた。 「良かった。俺も嬉しい」 このまま昨夜のように押し倒したくなったが、どうにか康介はその欲望を堪えた。 暫くして体を離すと、お互いにぎこちなく笑い合った。 ぎこちなかったが、そこには確かな甘い空気感があった。
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