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42、新しい日常①
「しかしまあ、ビックリしたよなあ。あの中岡が殺人事件を起こしていたなんて」
「う、うん」
「楓さ、あいつの補習とか受けてたけど大丈夫だったのか?」
「……うん」
「本当か? なんか今、妙な間があったぞ」
「そ、そんなことないよ。大丈夫」
「ふーん。なら良いけどよ。
学校の中とは言え、あいつと二人きりだったなんて今にして思えばゾッとするな」
「そうだね。それは本当にそう思う」
「まあ、楓には何事も無くて良かったよ。
じゃなかったら、今こうやって話せてないもんな」
「うん。そうだね」
急な担任の変更で騒つく教室。
他の生徒たちと同様に、楓は友人の蒼真と噂話に興じていた。
とは言え、真相の渦中にいた楓としては、何を言われても曖昧に笑うことしか出来なかったのだが。
「ところで蒼真くんさ、何で格好を元に戻しちゃったの?」
「ああ、これな」
少し前、中岡に注意をされたことと楓の説得によって、蒼真は真面目そうな黒髪にしていた。
が、休み明けのこの日、茶髪にピアス、そして着崩した制服といった元の姿に戻っていた。
「中岡の指導があったってのもムカつくんだけど、
やっぱりこっちの方が俺らしいかなって思ってさ」
「そっか。確かに、見慣れてるからか元の蒼真くんの方が一緒に居て安心するかも」
「だろ? 俺もそう思う。
まあ今後、受験とか面接の時は臨機応変に変えていくけどな」
「世渡り上手だねえ」
「自分でもそう思う」
「あはは」
軽口を言って笑い合う。
そんな中、蒼真がふと真剣な顔で楓を見据えた。
「つーかさ、俺よりむしろお前の方がどうしたよ?」
「え? 何が?」
「なんつーか、この間までと雰囲気が違うような気がするんだけど、何かあったか?」
「え? べ、別に何も無いよ」
いきなり核心を突かれて、楓は目を泳がせる。
あからさまに動揺したので蒼真の方がむしろ呆れて苦笑した。
「嘘つけ。分かりやすいぞ、お前」
「う……」
「もしかして、中岡に何かされた?」
「……!」
「やっぱりか」
沈黙を肯定と捉え、蒼真は小さくため息をついた。
更に楓が顔色を悪くして涙目になったので、困ったように頭を掻く。
「あー、詳しいことを聞こうって訳じゃないから安心しろ。
それに、他の奴に何か言ったりもしねえから」
「あ、ありがと……」
「でも、ある意味納得したよ」
「え? 何が?」
「今日の楓さ、前までと違ってすごく安心してる雰囲気があったから」
「そ、そう見える?」
「ああ。何か良いことがあったんだろうとは思ってたけど、理由が分かったわ。
中岡が捕まって安心したんだな」
「……うん。そんなとこ」
「まあ、なんだ。大変だったな」
「うん」
「でも、これからは大丈夫ってことだな」
「……うん」
蒼真の言葉を受けて、楓は心から安堵した。
中岡の件はともかく、康介のことには勘付かれずに済んだからだった。
(良かった。康介さんに迷惑が掛かることは無いみたい)
本当に心から安堵して、楓は胸を撫で下ろした。
それから、蒼真への罪悪感で少しばかり胸を痛めた。
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