44、微笑み

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44、微笑み

更に時は流れ、楓の通う高校は二学期の終業日を迎えた。 昼頃には、終業式を終えた学生たちが笑顔で学校を後にする。 12月24日。 この日は、誰もがクリスマスイブという祭りを大いに楽しむ日だった。 学業を終えた若者たちが、恋人や友達と連れ立って煌びやかな街に繰り出す。 楓も、その中の一人だった。 友人の蒼真に腕を引っ張られて、賑わいの中へ。 他愛もない話をしながら街を散策した。 あちこちでクリスマスのイベントが催されていて、何となく心が躍る。 買い物をしたり、カフェに立ち寄って談笑したりして、楽しい時間を過ごした。 やがて日も傾いて、街中のイルミネーションがキラキラと輝き始めた頃、不意に蒼真が話を切り出した。 「楓のとこって、親父さんが刑事だしこういう時期って忙しいんだろ?」 「え? うん。そうだね」 「家に帰っても一人なの?」 「うん。多分ね」 「じゃあさ、うちに来ないか?」 「え?」 「うちの親もちょうど仕事で家に居ないんだよ。  だから、仲の良いダチを何人か呼んでパーッと騒ぐ予定なんだ。楓も来いよ」 「あ……」 ありがたい申し出だと思った。 クリスマスの夜を楽しく過ごすなんてことは、今まで考えたこともなかった。 楓にとっては、一人で亡き母を偲ぶことがクリスマスの過ごし方だった。それに…… 「ごめん。本当にありがたいんだけど」 「何か予定でもあんの?」 「ううん。そうじゃないけど、でも康介さんがいつ帰ってくるか分からないから」 「ああ……」 「いつでも『お帰りなさい』が言えるように、家で待っておきたくて」 「はあ……律儀だなあ。もっと好きに遊んでも良いと思うけどな」 「康介さんにも同じことを言われる」 「ほら見ろ」 「でもね、僕がそうしたいから」 愛する人を想いながら楓は微笑んだ。 その微笑みは聖母のように穏やかで美しくて、蒼真は思わず我を忘れて見惚れてしまう。 「…………」 「どうしたの、蒼真くん」 「あー、いや。何でもねえよ」 しばし、ぼーっとしていた蒼真の目にキョトンとした顔の楓が映る。 慌てて我に返った蒼真は、何かを誤魔化すようにぽりぽりと頭を掻いた。 「まあ、なんだ。そういうことなら仕方ねえな」 「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」 「気にすんな。あ、そうだ。冬休みのどこかで一緒に遊びに行こうぜ」 「うん。行きたい」 「よし、決まりだな。じゃあ、また連絡するわ」 「うん。ありがとう」 最寄駅の前で蒼真と別れる。 立ち去る蒼真の後ろ姿を目で追うと、この後を過ごす友人たちと合流するのが見えた。 数人の男子高校生たちが、わいわいと楽しそうに笑い合っている。 彼らを微笑んで見送り、楓はひとり自宅へと向かった。 日はとうに落ち、辺りはすっかり暗くなっている。 「あ……」 真っ暗な空から、チラチラと雪が降ってきた。 急に寒さが増したような気がして、楓は足早に自宅へ向かった。
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