45、祈りの日

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不意に電話の音が鳴り、楓は目を開けた。 相手は康介だった。 「もしもし、康介さん?」 『ああ、楓』 「どうしたの?」 『今から帰ろうと思うんだけど、良いか?』 「えっ⁉︎ こんなに早く?」 『都合悪かったか?』 「ううん、大丈夫。意外だったから、ちょっとびっくりしただけ」 『ははは、そりゃそうだよな。今までこんなこと無かったもんな』 「……うん」 『じゃあ、30分ぐらいで帰る。ケーキを買って帰るから、楽しみにしててくれ』 「え? う、うん。待ってるね」 通話を切って、楓はしばらくぼんやりとしていた。 時刻は夜の8時前。 クリスマスイブの夜に、こんな時間に康介が帰ってくるなんて思ってもみなかった。 世間が浮かれてお祭り気分にあるときは、その裏で何らかのトラブルが起こりがちだ。 それらを取り締まる警察は、普段よりもずっと忙しくなる。 康介もそのはずだった。 (どうしたんだろう、今年は) 訝しく思いつつも、心はどこか浮き足立っていた。 ほどなくして、インターホンが鳴る。 温かい笑顔を乗せて、楓は康介を出迎えた。 「お帰りなさい」 「ただいま」 玄関を開けると、コートに雪を纏わせた康介が立っていた。 その顔に赤い痣があるのに気付いて、楓の顔が一気に曇る。 「その顔、どうしたの?」 「ああ。クリスマスで浮かれたバカどもを取り締まってたら、  ちょっと貰っちまってな」 「大丈夫?」 「ああ。全然、なんてことは無いよ。  でも、なんてことあるフリして仕事を切り上げてきた」 「え?」 「良い機会だと思ってな。負傷したことにして帰ってきたんだ」 悪戯っ子のように康介は笑った。 そして、持っていたケーキ箱を楓に手渡す。 「はい。予告してたケーキ」 「あ、ありがとう」 「そんなに不思議がるなって。クリスマスにケーキはつきものだろ」 「え? う、うん」 戸惑いながらケーキを受け取る楓の頭を撫でて、康介はにっこりと笑った。 それと同時に、少し胸が痛んだ。 こんな当たり前のことに戸惑っている楓が気の毒に思えたからだった。 本当はもっと早く、この当たり前を与えてあげるべきだった。 仕事を言い訳にして、長い間ずっと楓に寂しい思いをさせていた。 クリスマスを辛い日のままにさせていた。 でも、それも今日で終わらせる。 「さあ、行こう」 楓の肩を抱いて、康介は彼と共に部屋の中へ向かった。
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