46、幸せな日

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「わあ、可愛い」 「良い感じだろ? 楓が好きそうなのを選んできたんだ」 「嬉しい。ありがとう」 「喜んでもらえて俺も嬉しいよ」 康介が買ってきたクリスマスケーキを前にして楓が目を輝かせていた。 童顔な面持ちがより一層幼く見えて、康介は思わず微笑みを漏らす。 綺麗に切り分けて、二人分の皿に乗せる。 少し上等な紅茶をお供にして甘いクリームを口に含むと、楓は蕩けるような笑みを見せた。 「美味しい」 「そうか、良かった。買ってきた甲斐があるなあ」 笑いながら康介もケーキを食べる。 普段なら、甘いものより酒のつまみになりそうなものを好むのだが、今日は特別だ。 「クリスマスをこんな風に過ごせるなんて……」 楓の笑顔の中に、少しばかり切なさが混ざる。 彼は生まれてこの方まともにクリスマスというイベントを楽しんだことが無かった。 桜子がいた頃は、彼女は夜職の仕事に出ていたので楓は一人で留守番だった。 桜子が亡くなってからは、彼女を偲びながら一人で寂しく過ごす日となっていた。 だから、家族と一緒に夕飯を囲み、ケーキを食べて、温かい気持ちで過ごせたのは初めてだった。 「実を言うと、俺も初めてなんだよな。こんな風に過ごしたのは」 「え、そうなの?」 「ああ、まあな」 不思議そうに目を丸くする楓に、康介は困り顔で笑った。 康介の少年時代、彼の両親は仲が悪くしょっちゅう喧嘩をしていた。 クリスマスイブの夜は決まって醜い言い争いをしていた。 康介は3つ上の姉と一緒に押し入れに隠れて、安いケーキを食べていた。 甘いはずなのにやたら不味かった記憶しかない。 大人になり警察官になってからは、浮かれたバカどもを取り締まるだけの不愉快な日として過ごしていた。 だから、クリスマスイブの夜を幸せな気分で過ごせたのは今日が初めてだった。 「良いもんだなあ。愛する家族と穏やかに過ごせるってのは」 「うん。そうだね」 「ありがとう、楓」 「え? 何が?」 「俺に幸せなクリスマスをもたらしてくれて」 「そ、そんな……僕は何も……」 「お前が居てくれたからだよ」 「それなら僕だって」 「ん?」 「今、幸せな気分でいられるのは……全部、康介さんのお陰だから。  僕の方こそありがとう」 「ふふ、可愛い奴だな」 込み上げる涙を誤魔化すようにして、康介はくしゃりと笑った。 楓もまた、目元にうっすら涙を浮かべて微笑んだ。
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