麒麟の鳴き声

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「長峰!あんたまたボーッと突っ立って、ブッサイクな顔で私の歌とダンスを見てたね!?」 あと数日で看護師として働くことが決まっている絹枝が、今日も俺の部屋に怒鳴り込んできた。 アイドルとして見せる人懐っこい笑顔、あれは犬か猿の絹枝が猫を被っている姿。 俺の前で見せる姿はいつもこれだった。 いつからか、これだけだった。 「不細工な顔は生まれつきなんだよ!!! 不細工な人に不細工と面と向かって言うなよ、失礼だろ!!!」 絹枝はいつからか俺の顔を見ては「ブッサイクな顔」と言うようになった。 他の幼馴染みや学校の友達は少しネタにしたりもするけれど、「お前は頭も中身も良い奴だから」というフォローもしてくれる。 それなのに、絹枝だけは容赦なく“ブッサイクな顔”と言ってくる。 「言われたくないならブッサイクな顔をするのはやめな!!!」 「どうやってやめるんだよ!? 普通の顔をしてても笑ってても怒ってても俺は不細工なんだよ!! 不細工なことは俺が1番知ってるから黙っててくれよ!!!」 「黙っていられないよ!!! ブッサイクな顔で見られる私の気持ちも考えな!!!」 「お前は・・・お前は!!! 見た目は良いけどな、心は醜い女だよ!!!」 「そういうあんたは顔も心もブッサイクで煩い男だよ!!!」 「俺は絹枝以外の人の前ではこんな風にはならない!! 絹枝がいつも俺のことを刺激してくるんだろ!!! 不細工なこの顔は仕方ないけどな、心まで不細工にして煩くさせてくるのはいつも絹枝だからなんだよ!!!」 俺は絹枝から刺激させられていた。 “ブッサイク”と言われる度に、いつも刺激させられていた。 だから努力してきた。 勉強も人付き合いも親の手伝いも商店街を盛り上げる方法の考案も、いつだって努力してきた。 いつか、絹枝の前に立てるように。 いつからか犬猿の仲だけの顔になった絹枝と俺。 昔はもっと可愛い顔を見せてくれていたようにも思うのに。 俺だけに、この美人な顔で可愛い顔を見せてくれていたようにも思うのに。 気付いたのかもしれない。 大人になるにつれて、俺のこの顔がとんでもなく不細工だと気付いたのかもしれない。 だから醜いとも思ってしまう。 絹枝のその心を、醜いとも思ってしまう。 犬か猿ではなく、1人の男として絹枝の前に立たせてくれることはなくなった絹枝の心を、醜いとも思ってしまう。 あとは何があればいいのだろう・・・。 この不細工な顔で絹枝の前に立てるのに、あとは何があればいいのだろう・・・。 この不細工な顔で愛の言葉を囁いても笑って聞いて貰えるくらいになるまで、あとは何があればいいのだろう・・・。
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