家族になりたい

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「僕と結婚してくれませんか?」  ありきたりなプロポーズだけど、三年間付き合ってきた彼とそうなることを私もずっと望んでいた。  優しい笑顔の彼と歩む、この先の未来は希望に満ちているはず。 「喜んで」  ほほ笑み合うと、左薬指にはまる彼からの愛の印。  私たちは絶対に幸せになれる、そう確信した。  初めて彼の実家へ挨拶に訪れたのは、夏の終り、ひぐらしが鳴く頃。  結婚の報告をしたら、喜んで下さり、早くお会いしたいと仰ってくれた。  何度か電話でお話はしていたけれど、お会いするのは初めてで緊張する。 「結構、遠いんだね」 「ビックリするほど、田舎だけど、大丈夫?」 「大丈夫! 私、結構そういうところ好きよ?」 「君が気に入ってくれて嬉しいよ」  車で五時間、山奥の小さな集落だった。  村の名前と思しき看板が見えた辺りから、ところどころ舗装もされていない道が続き、ようやくたどり着いたのは黄昏時のこと。  茅葺屋根の大きな家。  どこか観光地に建っていてもおかしくはない趣のある由緒ありそうなお屋敷。  お義父様は、ここいらの地主だと聞いていたし、彼自身も裕福な身なりをしていたのはこの家を見て納得した。 「素敵な家……、築百年くらいとか?」 「それよりも前かも。ちょっとタイムスリップしたみたいだろ?」    車を止めるとすぐに、家から彼のお父さんらしき人が出てきた。 「やあ、やあ、よく来てくれたねえ。ビックリするほど田舎でしょう、ここいらは」  彼そっくりの笑顔で同じことを言うから、思わず笑みがこぼれてしまう。 「あ、あの、本日は」 「お互い、堅苦しい挨拶はなしで。長い時間車に乗ってたから疲れたでしょう? 母さんも中で待ってるから、入って入って」  労わりの言葉に歓迎ムードを感じて一安心する。  お義父様とは、うまくやっていけそうだ。  招かれるまま土間の玄関に入ると、中はムワッと生ぬるく湿った空気がまとわりつく。  じっとりと背中が濡れ、額から顎にかけて、タラリと汗が滴り落ちた。 「ああ、待っていたわ。いらっしゃい」  暗がりの向こうで女性の声が響く。  陽ざしの下から薄暗い家の中に入り、目が慣れない。  瞬きをし凝らした先、真っすぐ伸びた廊下の向こうで女の人が、私をじっと見据えていた。  彼のお母さんと思しき方が、車いすに腰かけている。 「お上がりになって? 玄関口じゃ暑いでしょう? さあ、どうぞ」  私の膝よりも上、その段差のある玄関前まで電動車いすで出迎えて下さった、お義母様はとても美しい方だった。  陽に灼けたこともないほどの白く透き通った肌、膝には足元まで隠れるショールが掛けられている。  少し病弱な方だとお聞きしていた。  靴をそろえ、家にあがると、車いすのお義母様が先導して下さった。  この家は玄関にこそ、大きな段差があれど、家の中は今時のバリアフリーとなっており、お義母様にとって優しい造りとなっている。  外観とは違い、リビングも板間でありエアコンまで完備してあることに驚いた。  おまけに、家の両親とは違っていて、お義父様が、足の悪いお義母様に代り、甲斐甲斐しく動き回る。 「麦茶でいいかな? ジュースもあるけれど」 「ありがとうございます、いただきます」  氷の入った麦茶を目の前に置いてくれるお義父様にお礼を言い、一口。  冷たさが、喉元を通過すると、もっともっとと体が欲した。  大分喉が渇いていたから、二口目は遠慮することなくゴクゴクと最後まで飲み干してしまった。  空のコップをコトリと置き『ひょっとして、行儀が悪かったかも』とおずおずと顔を上げたら。  カナカナカナカナ  窓は締め切られているのに、どこかでひぐらしの声が聴こえてきた。 「あ、れ……?」  目の前に座る、義両親の笑顔が一瞬歪んで見える。  眩暈のようにグラリと体が揺れ、隣に座る彼によりかかってしまう。 「大丈夫?」  倒れそうになった私を彼が支えてくれた。 「うちの村の名前知ってる?」  ぼんやりとした頭に村の看板が浮かぶ。 『葦桐村』    あれ、なんて読むんだろう?  声が出ない。  少しずつ体が痺れ動かなくなっていく。  助けて? ねえ、助けて? 「辺鄙な村だし、お嫁さんたちがすぐに逃げちゃうんだ。だから、さ」  彼の腕に抱えられ、窓のない部屋に運ばれ寝かされた。  ユラユラとした蝋燭の灯りに照らされた、彼と御両親が私を見下ろしている。  助けを求め目だけを動かすと、お義母様の膝にかかっていたショールがハラリと落ちた。  そこにあるはずの足首から先のものが、ない……。 「大丈夫、ここの家はお嫁さんに優しいから」  ふふふと笑うお義母様と、同意するように優しく頷き、目を細めたお義父様。 「さあ、家族になろうね?」   優しい彼の笑顔、その手には銀色に光るモノが握られていた。
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