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1.1 戦いの始まり
空間上のエネルギーの密度が高まると暖かくなる。逆に密度が薄まると冷たくなる。確か、学校の化学の授業の中で、そんな事を聞かされたように記憶している。
なぜそうなるかというと、空気中の分子同士の移動が高速化され、分子同士の衝突の回数が多くなり、衝突する時に摩擦で熱が発生するため、である。
化学の基礎が急に頭の中に思い浮かんだのは、眼前に大量の弾幕が張り巡らされた、からである。すごく密集したエネルギーの集まり。そしてそれは一瞬だが模様のように錯覚させる。授業中に見た分子の模型にダブって見えた。
我に返る。その間、1秒。模様に気を取られた。強く操縦桿を握る。
強力な推力が体を引っ張る。
雲の上の青い空。太陽の向こう側から数十発分のミサイルの軌跡がこちらに向かってくる。
目標は自機ではない。地上の都市を狙っている。
放たれたミサイルを全てを撃墜するように命令を受けている。
こちらも迎撃する為の兵装をしている。
瞬時の判断でこちらも迎撃ミサイルを発射する。
ほぼ全て撃ち落とすが、数発が地上に向けて軌跡を伸ばす。
地上で爆発が生じる。
大きく旋回して敵の爆撃機が戦場から退こうとしている。
このまま逃しては、また次の作戦でこの機体が大量にミサイルを地上めがけてばら撒くかと思うと、気持ちが昂った。
「ジャッカル1、作戦は終了した帰投せよ。深追いはやめよ。」
無線でリーダーから呼び戻すための連絡が入るが、それを無視して敵の爆撃機に急速接近し、ミサイルを撃ち込む。
敵の爆撃機の急所に被弾し、墜落する。
しかし、すぐに数機の敵の護衛戦闘機に囲まれて逃げ場を失う。
機銃で尾翼を撃ち抜かれ、制動が不安定になる。
煙を上げながら急速に高度を下げる。
敵機は撃墜したとみなしたのか、それ以上追ってこない。
この近辺に中立国が放棄した空港があったはず。
不安定な機体をなんとか安定させながら、空港を探すと肉眼でそれを発見することができた。
着陸態勢。
なんとか着陸することに成功した。
先ほど撃墜した爆撃機もこの付近に落ちたようだ。
幸い無線が通じる。リーダーが上空を旋回しながらこちらを通り過ぎる。
仲間の救援が来るのをしばらく待つことになる。
炎上した爆撃機の様子が気になる。
後ろを振り返ると、落下傘で命からがら脱出した爆撃機の乗組員が、目と鼻の先に降りていた。
銃を構えながら警戒しつつ、落ちたパラシュートの付近に立ち寄る。
パラシュートを捲ると、敵兵の姿。
女性である。
金髪の長い髪を振り乱して、そこに倒れている。
銃を腰にしまうと、ナイフを取り出してさらに近づく。
意識はない。
「おい。」
声をかける。
反応はない。
死んでいるのか・・?
脈を確かめる。息もある。
死んではいないようだ。
彼女をパラシュートから切り離して引きずり出すと、自分の乗ってきた機体の方に引き寄せる。
他の乗組員の姿は見当たらない。
あれだけの大きな機体なのだから、乗組員はもっと多かったはずだ。
他は助からなかったと考えるべきか。
「うううう・・う。」
彼女が目を覚ます。
まだ意識が朦朧としているようだが、すぐに私が敵であることに気が付く。でも何も抗うことができない。
「あまり動くな。もう時期救援がくる。」
「私・・・捕まる・・捕虜になるくらいなら、ここで殺して。」
「それはできない。」
「・・・捕虜になったら・・何されるか・・」
「心配ない。君の身分は国際法に基づいて保障される。じきに本国へ送還されることになるだろう。」
水筒から彼女に水を飲ませる。
うまく口に入らない。
それからしばらくの時間が経過する。
昼だった時間が暮れていき、夕暮れが近づく。
「私は戦争になんか行きたくなかった。」
「戦争の前、君は何をしていたの?」
「小学校の教師よ。」
「この戦争には志願したのか?」
「いいえ。」
「徴兵か。」
「そうよ。」
再度、水筒で彼女に水を飲ませる。
今度はうまく口に入る。
ゴクゴクと飲む。
「私、可愛いお嫁さんになるのが夢だった。それがこの戦争で、全部夢が台無し。」
「結婚の予定があったの?」
「あったけど、彼は先に戦場に行って死んでしまった。」
しばらく沈黙。
「お仲間、まだこないわね。」
「そうだな。時間がかかってるのかな。」
機体に戻り、仲間とやりとりしようとしたが、無線を聞いて驚く。
「核だったのか?」
「そうよ。」
着弾後、核爆発により基地もろとも破壊されてしまっていた。
こうなってしまっては、助けをよこすどころではないだろう。
ショックから立ち直れない。
彼女の胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。
「殴れば?殴ったらいいわ。気が晴れるでしょうね。」
そんな事でこの気持ちは晴れない。
彼女をそっと元に戻す。
これからこのまま援軍もこないまま、この陸の孤島みたいなところで放置されるのか。
彼女は立ち上がれるまで回復した。
「お水ありがとう。」
ボトルを返してよこす。
ボトルを受け取った後、自分も水を飲み干す。
「ここから半日くらい歩けば街があるわ。でも今日は泊まる場所を探した方がいいわね。この辺りは危険な猛獣がたくさんいるわ。」
遠くで獣の遠吠えが響き渡る。
乗ってきた機体の尾翼を確認するが、これを修理するためには特殊な工具と器材が必要だった。
「諦めるか。」
機体のシステム全体の電源を落とし、コクピットのキャノピーを閉じる。
同時に無線も静かになる。
コクピットから担ぎ出したバックパックから懐中電灯を取り出して照らす。
大きな滑走路のど真ん中だ。
何も遮るものもないだだっ広い景色。
「私、もう国には帰りたくない。」
それから、この空港に残されていた管制室で夜を明かす。
翌朝、バックパックから食料と水を取り出して二人で分け合う。
「敵と2人で過ごした夜はいかがでしたか?」
彼女は若干はにかみながら言う。長い金髪を紐で束ねる仕草。
「あまり好ましくないね。」
「同感。」
上空を航空機が通り過ぎる音。
慌てて外に出てみるが、こちらに気が付く様子もなく通り過ぎていく。
味方の輸送機である。
核が投下されて、今まさに炎上している都市の様子が遠くに見える。
輸送機から落下傘が大量に投下される。
「あっちの救援の方が先だろうな。」
不意に彼女の回し蹴りがこめかみを掠める。
「何をする!」
無言で彼女の手刀。
それを払い除けると、拳で数回殴り合う。
「結局、敵同士分かり合えないってことか?」
「そうよ。」
腰から拳銃を取り出して威嚇の発砲をする。
彼女はビクッとして、立ち止まる。両手を上げる姿。
「悪かったわ。やめにしましょう。私はあなたに服従するわ。私は完全に丸腰なの。女性を一人ここで殺すことに何の値打ちがあるのかしら?」
「昨日は殺して欲しいと懇願してたじゃないか。」
「何のことかしら?」
「しらを切るつもりか。くそっ。」
彼女の両手を掴み上げると、反対の手に握りしめていた拳銃を彼女のこめかみに押し付ける。
ダーン
引き金を引いた。
彼女はそこでこときれる。
その後、空港でいろいろ探し回ると、機体を修理するために必要な機材や工具を見つける事ができた。
乗ってきた機体の修理をする事ができた。
再び滑走路より離陸。
上空の白い雲と青い空が迎えてくれた。
リーダー達が待つ、破壊された基地とは別の基地へ向かう。
いつまで、この血みどろの戦争は続くのか。
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