1.3 天女との同棲が始まる

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ

1.3 天女との同棲が始まる

 戦闘機を基地に着陸させ地上に降り立つ。  次に後ろを振り返ったときに彼女はいなかった。  しかし、全世界中で、核ミサイルを退けたなんらかの現象について、多方面から様々に議論が進められていた。  これは超常現象で片付けられるものではない。核ミサイルの爆発そのものが、すっぽりとまるでゴミ袋に入れられたかのごとく、ヒョイと吊し上げられて、宇宙空間まで飛んで行ったのだ。  重力を無視するかのような移動速度で宇宙空間に向かっていく、燃えたぎるゴミ袋。  そんな映像が、何日も何日もメディアを中心に駆け巡った。  そこに一人の小さな女性が宙に浮いて、それをコントロールしていたと、誰が知るものか。  「俺が知っている。」  自問自答の中で呟く。  戦闘機パイロットの仲間からは、窮地に追い詰められた状況で、一人の敵兵を葬った事に賞賛が述べられていた。確かに部隊に配属になる前に、簡単に格闘技は習ったが。こんなに役に立つレベルにまで己の中で磨き上げられているものとは思わなかった。  そしてそれをきっかけに階級が一つ昇進するような事までが起こった。  同期の中で出世頭。それが俺らしい。  通常は敵の戦闘機を撃ち落とす時だけに与えられる星の数に、葬った敵兵の数も含まれていた。  「割と美人だった。恋に落ちてもおかしくなかった。」  功績とは裏腹に、心の中にはすっきりとしないモヤモヤした黒いものが渦巻く。後味が悪く。尾を引いた。  自分があの上空で撃ち落とした敵の爆撃機の残り乗組員は全員死んだらしい。  至極当然なことをしたまでだ。ましてや自分の国に目掛けて核ミサイルを撃ち込むようなことをした人間達は、皆殺しでいい。  あの時の冷静さを欠く判断は、割と軍の上層部にウケが良かった。  「近頃の若者とは思えない、無骨さ」  そういう噂話も聞こえてくる。  そんなに無骨だったか?俺。  確かにベンチプレスやスクワットで、軽々と100kg以上のバーベルを持ち上げることができるくらいには鍛えている。  でもそれは肉体の話であって、精神性や価値観の話ではない。  なぜ、あの時、自然とあの爆撃機を撃ち落とすために、危険なことをしようとしたのか。  直属の上官から呼び出され、上官の執務室で、その問いを何度も繰り返された。  「お前が自問自答できないのなら、俺が問うてやる。」  上官の、木島が憎々しい表情。  そして何度も叱責。  「上層部はたまたまお目溢しをくれたが。次はない。次同じことをやれば、貴様はすぐに軍法会議で独房行きだ。それくらいの事をやったのだ。隊の規律をわきまえよ。勝手な行動は、時としてこの基地のみならず、国家の破滅へと直結するテーマだ。軍用機一機、ライフル一丁、全てが緊密な関係性の中で干渉しあっている事を忘れるな。貴様一人の立ち居振る舞いが、この国の命運を狂わせる事にもなりかねないことを、肝に命ぜよ!!」  上官が過激に叱りつける。  しばらく小一時間が経過して、ようやく解放された。  深いため息。  なんとか休憩所の自販機の前にまでたどり着く。  「よう。隊長。核を積んだ敵の爆撃機を撃ち落としたっていうじゃねぇか。」  士官学校時代からの旧知のライバル、風柳卓(かぜやなぎ すぐる)である。俺は、来月から昇格に伴い、隊長となる。やっかみ半分。素直に褒め言葉は述べない。  「お前とは10年の付き合いだ。年も同じ、故郷も一緒。好きな食べ物や女の好みまで一緒。」  「女の好みは余計だ。」  咄嗟にカチンと来て噛みついてしまう。  「おーこわ。その怒りの矛先で核ミサイルすら跳ね返してしまうお前にそうやって睨まれたら、俺もこの世に生き延びれない。」  睨みつけた目線を下に降ろす。  「お前、あの時。何を見た?」  風柳はコーラを自販機から捻り出して、喉に流し込む。  「何って・・?」  若干しらを切る。  あの時、細くて華奢な女性が空中に静止していて、気がついたら自分の操縦する戦闘機の後部座席に座っていた事など、説明したところで、頭がおかしくなって幻覚を観た、程度の扱いにされてしまうのがオチだからだ。  「何も。」  数秒の間をあけて、適当にかわす。  「ここだけの話、お前の戦闘機の後部座席から、女性の長い髪が見つかったって、整備の人間たちが言ってた。お前、まさか、そんな場所に女連れ込んだか?」  「ばかいうな。できるわけないだろう。」  「だよなぁ。あんな厳重に警戒が厳しいところに、そもそも女連れ込むなんて、全くあり得ない。でも、その髪がどこから来たのか、結構話題になっているらしい。」  「そんなことあるもんか。」  「いろいろな可能性があるだろう?スパイ・・とか。スパイでなくても、敵の兵士かもしれない。もしかしたらお前が殺したっていう、女兵士の亡霊や呪いかもしれないなぁ ははは」  「やめろ!!!」  流石にイライラしてキレてしまう。  「どうしたの、お二人さん。いつに増して仲良さそうじゃない。(たかし)昇進おめでとう。」  仲間の女性パイロット、葉山優(はやま ゆう)が現れる。空軍きってのエースパイロット。身長は160cmで、ここの基地ではかなり小柄な部類である。赤く染めた髪をポニーテールに束ねあげるのがいつものスタイル。  「お、優ちゃん登場」  「何が、優ちゃん登場よ。あなた、私の友達勝手に口説いてさ。どうしてくれるの?全然連絡くれないからって、私のところに毎日その子から連絡来るんだけど。どういうつもりなの?遊ぶだけだったら、口説かなければいいのに。」  卓と優がいつものイタチゴッっこみたいな喧嘩を始める。何故かわからないが、卓はやたらと女からモテた。外見がかっこいいだけではない。なんとなく儚いというか、すぐにでもこの世からいなくなってしまいそうな、霊界と現世の間に生きているかのような美しさとでも言えばいいのだろうか、そういう不思議な雰囲気や魅力に、女性がときめくのだ、と俺は勝手にそう思っている。  「元々はね、隆に紹介したかったの。わかる?ねぇ聞いてる?なんで寝取られたりする?」  「一緒にご飯行っただけ。だったはず。」  俺はぶっきらぼうに答える。  「なんで、卓を誘うの?」  「たまたま偶然居合わせただけだよな?」  卓の合いの手。  「なんで、偶然いるの?」  またまた、メリーゴーランドのように、会話が迷宮入りを始める。自分達3人が集まるといつもこうなる。付き合いは長すぎる。そして色恋沙汰であまりも気心が知れ渡りすぎた。仕事上は良いパートナー関係ではあるが、プライベートがあまりにも破綻している。  「優ちゃんが紹介してくれた子ってさ、ガールズバーの美咲ちゃんだよね?」  卓が再び優を押し返す。  「そうだけど?」  「じゃぁさ、相当遊んでると思うよ。」  「違うよぉー!私の友達の中では相当真面目なんだから!家が借金で大変で、お父さんが病気。その一家を支える為に水商売も厭わない。いい子じゃない。」  「真面目の基準がわかんなくなるよなぁ。じゃぁ優も相当遊んでるんだろう?っていうか一杯知ってるけど笑」  「言わないでよ。若気の至りって言うんでしょ。私たち、もう30歳になるんだよ。」  「知ってる。」  ここまで聞いて、そこを立ち去る事にした。  「どこ行くんだ?」  卓が少し寂しそうに後ろから声をかけてくる。いつもであれば、そこに俺が仲裁に入って、なんだかんだと二人を懐柔しつつ、居酒屋に繰り出すのがパターンだった。  「ちょっと気分がすぐれない。」  「放射能浴びた?」  「ちょっと、卓、冗談きつい」  「冗談冗談。」  何も反応せず、自販機の置いてある休憩所エリアを離脱する。  なんとなく基地の外に出て歩く。  大きな木々が生い茂る。  戦闘機が何機も上空を飛び去る。  戦時中だ。  スクランブル発信は相次いでいる。  そこに例の卑弥呼を僕と呼ぶ女が姿を表す。  「あら。」  気軽に気がついて声をかけてくる。  「こんにちは。こんなところにいたんですか?」  なんとなく自然に会話を始めてしまった。敵のスパイかもしれないのに。  「こっちの木、黄泉の国と繋がってる。気になるか?」  「黄泉の国って・・あの世?」  「そう。行ってみたい?」  「いや、勘弁。」  「そうか。つまらん。」  「ところで、俺に何の用?」  「つまり、下界に降りたのは良いのだが、天界への戻り方を失念したまま来てしまった・・というか、」  「と言うか?失念?」  「メモはしていたのじゃ。地上から天界に戻る方法のメモじゃ。それがあれば帰れるのだが、あの時は急いでいたので。核ミサイルを虐げるために。」  「メモを忘れてきたんですね。」  「うん。」  「で・・天界に帰れないので・・」  「ここでぼーっとしている。本当は核ミサイルを虐げた後に、さっくりと格好よく天界に帰って、”あ、超常現象だ!神か!”って、地上の人間達から言ってもらって、完成だったのだが。それが使えない。」  「そんなに天界ってセキュリティ厳しいんですか?」  「最近は、かなり厳しいね。」  「どうするんですか、このあと。俺の独身寮だと、同居するわけにもいかないでしょう。そもそも女子禁制なので。」  「それは気にせずとも良い。1万歳を超える私が、地上のたかだか30歳ぽっちの、ちょうーーーーーーひよっこと、そんなことになるかのう?」  「その割には、うら若き天女のような若い女性の姿で、驚きますが」  露骨に顕になっている胸の膨らみに、若干鼻血が出そうだ。完全に禁欲を強いられているから、こういった刺激に対する耐性が薄まりすぎている。  「このユニフォームは、すごいんじゃ。雨でも風でも天変地異でも、自在に作り出すことができる、天界の最高傑作の一つじゃ。」  「はぁ・・。」  取り止めもなく喋る謎の天女のような姿をした女性が、若干天然であることに、癒されている自分に気が付く。  「どうか、其方の、寮に住まわせてくれんかの。」  「どうやって住むんですか?」  「空間転移で出入りする。」  「もう、勝手にしてください。」  「いいんじゃな!!」  「はい。好きにしてください。」  天女は空に舞い上がると、太陽の逆光の中に紛れて行き、すぐに見えなくなった。  再び戦闘機が数機飛来する。  独身寮に帰る。  部屋に入ると、宣言通り、天女の姿がそこにあった。  
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!