◆夢を見る女

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◆夢を見る女

 映画の始まりのような、密やかでやわらかな幕開けだった。  炫木夏湖(かがやきなつこ)は気がつくと、静かな暗がりの中にいた。草の根を掻き分けるような、手探りで前を進むような危うい視界。  ああ、これはあの夢だ。暗闇無音の、まるで閉店後の様相をしたショッピングモールを彷徨う夢……。  頭の隅でそう認識した夏湖は、夜の海を泳ぐような、夢特有の実体の伴わないような足取りで気ままに歩き始めた。  真っ暗でほとんど何も見えず、非常灯と思われるようなわずかな明かりだけが頼りの世界。だけどこれが夢だからか、恐怖心が芽生えることもなければ進むことに迷いも生まれない。  夏湖がただ淡々と、等間隔に並ぶ道標のような明かりを辿っていると、あるタイミングを境になんとなく、いつもより足取りがはっきりと感じられるような気がした。その感覚はすぐに『なんとなく』では済まされないほどくっきりとしてきて、夏湖は違和感を覚える間もなく、自分の脚でしっかりと地面を踏み締め歩いていた。 「確かこの夢、どこかに……」  そう口に出してしまってから、夏湖はハッと息を呑んだ。思わず口に掌を当てる。声が、出た……? それに、夢の中でここまではっきりと「これは夢だ」と認識するのは初めてだと思った。  ピタリと足を止めたまま、夏湖はふいに耳を澄ませた。何か、聴こえてくる……これは、歌? 今度はそっと目を凝らす。前方にぼんやりと、人影が見え出した。 「ランララン」  白い厨房の制服のようなものにデニムを合わせた細身の男が、鼻歌……にしては大きすぎる歌声を響かせながら、軽やかな足取りでこちらに向かって来ていた。  恐らく今までにはなかった展開に、夏湖は意を決して声を掛けた。――だが。 「こ、こんばんは……」 「うぎゃああああぁぁぁっ?!」 「ぎゃーっ?!」 ――相手がとんでもない驚き方をするので、自分も思わず悲鳴を上げてしまった。
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