◆夢を見る女

2/2
前へ
/8ページ
次へ
「うっわ、めっちゃビビったー! ぶわははははは! やべぇ、自分で超ウケる! 俺いくらなんでもビビりすぎですよね?! ホントすいません!」  びっくりして夏湖が言葉を失っている間にも相手は爆笑している。だんだん夏湖にも、可笑しさが込み上げてきた。   「ふはっ! いえ……ふふっ。わたしもすみません、急に声を掛けてしまって……ふふふっ」 「いや、めっちゃツボるじゃないっすか」 「だってわたしまで“ぎゃー”って……あはは!」 「ぶふっ! うわははははは! 確かにすごかったっすよ、“ぎゃーっ?!”つって! いや、だから俺マジ人のこと言えねー! うわははは!」  しばらく二人でツボに入ってしまい、声も憚らず笑い転げた。夏湖はこの時だけは、これが夢であることをすっかり忘れていた。 「はぁー笑った笑った……ってやべぇ、俺まだバイト中なんだった! すいません、失礼しますね」 「あっ、待って下さい!」 「はい?」  急ぎ足で自分の脇を過ぎ去ろうとする男を、夏湖は慌てて呼び止めた。声を掛けた当初はここはどこかと聞いてみようと思ったのだが、邪気の無い表情でこちらを振り返った男の服装を見て、咄嗟に言葉を変えた。 「バイト先ってもしかして、中華料理屋さんですか?」 「あっ、はい」 「ついて行ってもいいですか?」 「なんで?! いや、つーか……あなた誰ですか?」  男の疑問にすぐさま「炫木夏湖です」と自己紹介をすると「そうなんだけど、そうでなくて」と困惑されてしまった。 「えっと、ルームウェア屋さん? の人じゃないんすか?」  男がそう言うのも無理はなかった。夏湖は寝ぐせこそ付いていないものの、ふわふわしたパジャマ姿なのである。 「違います。わたしはここを夢に見ている人です」 「はあ」 「あなたは……スウ、リージンさん、ですか?」  夢の中であると思っているので、夏湖は人見知りなどせずに男の胸元の名札に顔を寄せた。半歩のけ反った男――鄒李静(スウリージン)は、「あっ、はい」と思わず素直な返答をしてしまう。  夏湖は顔を上げると、その瞳を期待に輝かせて李静(リージン)に言った。 「李静(リージン)さん、わたしの夢の中華料理屋さん『陳杢(チンモク)』に連れてってください!」  李静(リージン)は夏湖のその眼差しと勢いに、思わずこくこくと頷いた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加