たった一秒、一文字、一座席で

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私には一卵性の双子の姉がいた。 一卵性双生児だけあって、姿形は瓜二つ。 見た目はほとんど変わらず、両親でも見分けがつかないくらいだった。 そんな私と、姉の詩織を隔てるものは、人格だった。 詩織は姉というだけで、親から可愛がられ、なにかと優遇され、特別扱いされてきた。 そんな姉は、社交的で明るく、それでいて我が儘で自分勝手な人間へと育っていった。 私はというと、いつも詩織と比較され、その度に姉という影に隠れ、地味で目立たなく物静かな人間へとなっていった。 まるで光と影。美味しいところは、全て姉が奪っていった。 詩織は、ろくに学校の授業も受けず、毎日遊び呆けていた。宿題やら課題はいつも私が面倒を見ていた。 私は毎日、真面目に勉強しているというのに、不真面目なあいつの分まで課題を終わらせていた。 成績はもちろん私の方が上。でも、外面が良いだけで教師受けも良く、内申点の差で姉の方が上だった。 この世の中の理不尽さを垣間見た瞬間だった。 少し早く、生まれてきただけなのに…… 姉と妹、その違いだけで、こうも人生が変わるなんて。 小学校、中学校と詩織と共に学校生活を過ごすのが苦痛でしょうがなかった。 どこにいても、自分と同じ姿をした不真面目な詩織が視界に入ってきて、あいつのいない世界へと旅立ちたかった。 しかし鏡を見れば、そこには詩織の姿があり、自分の姿に嫌悪感を抱いたりもした。 だから髪型も変えたかったのに、一緒にするように詩織に言われた。 私はショートが良かったのに、セミロングにしろと半ば強制的に迫ってきた。 それは詩織の身代わりになるためのこと。同じ髪型、服装にすることによって、あいつの代わりに委員会に出席したり、補修を受けたりしていた。 だから私は、早く詩織と離れたくて、私立の高校へと進学したかった。 しかしそれを、両親は許してはくれなかった。 理由は、詩織が近くの公立高校へと進学するからだ。それも詩織が、学校が近い方が通学に楽だからという、ただそれだけで。 両親からは学費の面で私立は諦めろと言われた。 それと、姉と一緒の方が学校生活でお互い協力できるだろう、というのが言い分だった。 実の親からも、私は姉の補助係としての役割を押し付けられた。 我が家は全て姉中心。私はその周囲を回る衛星に過ぎなかったのだ。 私は詩織と、出来るだけ遠くに離れたかったが、それも叶わなかった。 高校入学後、私は一人暮らしをするためにバイトを始めた。勉強を疎かにすることなく、コツコツ貯めていった。 しかし許せないことに、そんなバイト代もあいつが勝手に持ち出していたこともあった。 私が必死で働いている間に、詩織は私の稼いだお金で豪遊しているのだった。 腹が立つけど、拒否できない言い返せない。 そんな自分にも無性に悲しくなり、情けなくなり…… そんな同じ姿をした詩織ばかりをひいきにして。 同じ形なのに、なんでこうも立場が違うの? 私が姉だったら…… 私が姉で、あいつが妹なら良かったのに。 それなのに回りは姉ばかりをひいきにして。 嫉妬ではない、憎しみ、憤り。この世の理不尽 そして今日も私は、詩織のショッピングに付き合わされる。 来週の休日に彼氏とデートに行くらしい。その時に着ていく服を、買いに行きたいとのこと。 私が駆り出されるのは、体型が一緒の私に服を着せてみて、客観的に見て自分に似合うかどうかを判断する着せかえ人形の役割と、お財布の代わり。 隣街までの移動には、私たちはバスを使う。 やって来たバスは前払いのバスなのに、詩織は勝手に中に入り、一番後ろの席にふんぞり返る。 「お客さん、お金!」 「あっ、すいません、私が2人分払います」 結局、バス代まで私が支払う羽目に。 私は詩織の横にやって来て座る。 「姉さん!」 「ごめん、忘れてた」 いつもこんな感じで、買い物などの支払いはなぜか私が任されることに。 バスは乗客を乗せ終ると、発進する。 「香織~ 悪いんだけどさ~」 すぐさま、悪びれる様子もなく、私にすり寄る詩織。 「お金なら無いわよ」 「今回だけ!」 「この前も貸したでしょ?」 そう言い終わると同時に、詩織は私のバッグから財布を盗み取る!? 「ちょっと! 姉さん!」 「後で返すから」 こんな調子で、いつも私からお金を借りるのだ。 こんなに腹立たしいやつが実の姉だなんて…… と、その時だった。 車体が大きな衝撃により、揺れたのは!? 何が起きたのか分からないまま、バスは横に傾き…… …… ………… ……全身の苦痛によって私は目を覚ます。 どうやら私は長い間、眠っていたようだ。 ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界に光が差し込み、再び瞼を閉じる。 そしてまた、ゆっくりと目を見開くと、私を上から覗き込む無数の顔が…… 「気がついたか!」 「よかった!」 あ父さん、お母さん? 「……ここは?」 「病院よ。あなたたちはバスに乗ってて事故に合ったのよ」 バスに……事故? 「よかったわ。詩織が無事で」 えっ? 詩織? 私は…… 「……あの……わた……香織……」 「あぁ、香織は……」 その私の名前を口にすると、二人とも黙り込む。 香織は、まだ集中治療室にいて意識が戻らないのよ。 え? どういうこと? 頭が上手く回らない。 何を言ってるの? 私ならここに…… もしかして、姉と間違えてる? 「でもよかったわ、詩織が元気で」 「ああ、本当だ。不幸中の幸いだな」 本当の姉である詩織は集中治療室にて横たわっていた。 その身体にはチューブが口に入れられ、髪の毛を全て剃られ、頭全体を包帯で巻かれた私の姿、いや、姉の姿があった。 規則的に脇に供えられた機器から呼吸するような音が聞こえる。 「香織もかわいそうにね」 母がそっけなく私の名前を投げ捨てる。 「これはもう、ダメかもな」 父の抑揚のない言葉。 素人の私が見ても、先はないことは分かった。 そんな哀れな姉の姿を見ても、不思議と悲しいという気持ちにはなれなかった。 むしろ、瀕死の姉を、私と思い込んで、まるで置物でも見るかのように視線を向けている、そんな様子を目の当たりにし、胸が裂けそうな思いがした。 しばらくの間、私は私と打ち明けることが出来ずに、詩織を演じながら入院生活を送っていた。 毎日大勢のクラスメイトや、教員などがお見舞いに来てくれた。 詩織の彼氏まで毎日やって来ては、私のことを気遣っていった。 そう、彼らは私にではなく姉の見舞いに来ていたのだ。 その反面、呼吸器をつけたままの意識もなく身動き一つとれない私の見舞いには誰一人として訪れる者はいなかった。 そのことが悲しくて虚しくて…… いつしかその悲しみが、姉への恨みや憎しみへと変換されいった。 私は、姉を置いて先に退院。 詩織として学校に戻ると、皆から歓迎と祝福を受けた。 そこには私の居場所も、戻る場所も既になかった。 今さら香織として戻ることはできなかったし、何より私が私として帰る気など、なくなっていた。 あいつが居なくなったこと、あいつの全てを奪ってやったこと、その事の嬉しさで身体を震わせた。 ある日、病院から連絡があり、家族全員が呼び出された。 診察室には険しい顔をした担当医が待っていた。 誰もが薄々勘づいていたことを、言葉として表してくれる。 「香織さんは脳死状態です。意識が戻ることは難しいでしょう。自発呼吸もままならない状態です。このまま延命なさるか? それとも呼吸器を外しますか? 外せば数時間と経たずに呼吸は止まるとことなります」 「ねぇ、あなた、頑張ったわよね、そろそろ……」 「そうだな、これ以上続けても、本人が辛いだけだろうからな」 この場に居る誰もが同じ気持ちだった。 香織には消えてもらいたかったのだ。 双子の姉妹でどちらかを選ぶとしたら。 迷わず、姉の詩織なのだろう。 私は分かっていた事とはいえ、言い知れぬ虚無感に襲われ宙に浮いているような感覚で、その説明を聞いていた。 「ねえ、詩織もいいわよね」 「……そうね。香織もがんばったわね、楽にさせてあげましょう」 さようなら、姉さん。 さようなら、香織…… こうして私は詩織として人生を再スタートさせ、詩織の彼氏とそのまま結婚し、子どもも授かり、まさに幸せの絶頂期を迎える。 今日は我が家に両親がやって来て、まだ歩き始めた孫と触れあっている。 そんな幸せな皆を眺めながら、時おり思うのだった。 もしかしたら、誰もが私だと気づいていたのかもしれない。それでいて、私に詩織を演じてもらいたかったのでは? 姉さん、ツイてなかったわね。 あんなに憎かった詩織に、私は今なっている。 いや、あの時の姉は、もう過去の香織と共にこの世から消え去ってしまったのだ。 今は新たに詩織という私がいるだけ。 あんなになりたかった姉にもなることはなく、一人っ子として両親からの期待と愛情を独り占めしている。 残念だったわね、 たった1秒早く生まれてきたせいで…… 姉妹の姉として生きてきて…… そしてあの時、 あのバスの、 私の隣に座っていたばかりに…… あなたの分まで長生きして、 幸せになってみせるわよ。
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