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優秀なお月様
「あるところに、立派な星になりたい弱気な月と、自信満々な太陽が居ました。太陽はいつも弱気な月に腹を立てていました。ある日、月がいつもの様に弱音を吐いていると、太陽は我慢の限界だと言って喧嘩になってしまいました。そして太陽は月をどこかへ吹っ飛ばしてしまったのです。」
読み聞かせをしていたおばあさんは本を閉じてにっこりと笑う。
「はぁい、今日は、ここまで。また明日つづきを読むからねぇ。楽しみにしててねぇ。」
子ども達は元気よく返事をして外に遊びに駆けていく。その後ろ姿を見送ったおばあさんは丁寧に絵本を片付けると、こちらを見てにっこり微笑む。
「つきちゃん?具合はどうだい、昨日より良くなったかい?」
「はい、お陰様で。」
「そぉかい、そぉかい。良かったねぇ……昨日えいちゃんが背負ってきた時は本当にびっくりしたよぉ、でも本当に大事なくて良かったねぇ……」
おばあさんと話していると、さっき子ども達が出て行った縁側から男の人が顔を覗かせる。
「おはよう、ばあさん。」
「おはよぉ、えいちゃん。つきちゃん大事なくて良かったねぇ。」
おばあさんにえいちゃんと呼ばれる男の人は、衛助さんだ。昨日砂浜で倒れていた私を背負ってここまで連れてきてくれたらしい。
「つきちゃん、体はもう良いのかい?」
「おはようございます、衛助さん。昨日はありがとうございました。ゆっくり休んだので体は大丈夫だと思います。ですが……」
口籠もる私を見て彼は何かを察したように顔をしかめる。
「何も思い出せなくて……。」
「……そうか、まぁ、ゆっくり思い出せば良い。とりあえず、名前を覚えていただけ良かったよ。」
「あはは……名前もなんとなくですけどね。」
倒れていた私は記憶を失っていたが、何故か「つき」という名前だけは覚えていた。しかし、それが本当の名前なのかどうかを確かめる術もなく、結局は何も覚えていないのと同じで、ずっと不安が付き纏っている。
「つきちゃん、不安なのはわかるけど考えすぎても仕方ないよ。良かったら、お昼ご飯の後少し散歩してみないか?息抜きになるかもしれない。村を案内するよ。」
「ありがとうございます、じゃあ、よろしくお願いします。」
暫く縁側に座って話した後、彼はは昼ご飯の後に迎えにくると言い残して帰っていった。
「えいちゃんは、もう帰ったのかい?」
「今ちょうど帰られましたよ?引き止めますか?」
「いやいや、いいの、いいの。それよりつきちゃん、昼ごはんにしようかねぇ。今日はえいちゃんが野菜を持ってきてくれたからねぇ。」
喋りながら山盛りの野菜天ぷらを運ぶおばあさんからすかさずお皿を受け取って机に運ぶ。
どうやら昼ごはんは天ぷらと素麺らしい。
「手伝ってくれてありがとねぇ、ささ、いただきますしようかねぇ。」
そう言っておばあさんが手を合わせるのを見て私も同じように手を合わせた。
「いただきます。つきちゃん、たくさんたべてねぇ。」
「いただきます。」
おばあさんの作ってくれた野菜天ぷらはほんのり甘くてサクサクしていて、いくらでも食べられそうなぐらい美味しかった。素麺もコシがあって冷たくて、気がつけばつい食べ過ぎてしまっていた。
「ごちそうさまでした!凄く美味しかったです!」
「つきちゃんが喜んでくれて良かったよぉ。少しは元気出たかい?」
おばあさんの優しさにじんわり涙が浮かぶ。助けてくれた上に、私が不安なのを察して心配までしてもらっている。
──早く記憶を取り戻して、恩返しができたら良いな……
「ありがとうございます。凄く元気が出ました!」
「良かった、良かった。……あら?えいちゃん、何か忘れ物かい?」
おばあさんが見ている方に目を向けると、いつの間にか縁側に衛助さんが座っていた。
「いや、今から写真を撮りにいくついでに、つきちゃんを案内しようと思ってね。連れていっても大丈夫かな?」
「大丈夫だよぉ、行っておいで」
こんな田舎じゃすることなんてないんだからとおばあさんは笑って見送ってくれる。
「あはは……じゃあ、つきちゃん、行こうか。」
「はい、よろしくお願いします。おばあさん、行ってきます。」
「気をつけてなぁー」
おばあさんは私たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「おばあさん、つきちゃんが孫みたいに可愛くて仕方ないんだな」
「孫……ですか?」
「近所の子ども達は読み聞かせの時しか来ないからね、いつもは家で一人なんだ。」
あんなにも優しいおばあさんがいつも一人で家にいるところを想像するとなんだか悲しくなる。
「じゃあ、出来るだけ早く帰らないといけませんね」
「そうだな。つきちゃんはやさしいな。」
他愛のない話をしながらいろんな景色を見て回った。どうやら彼は写真家をしていて、色んな景色を知っているらしい。村に住んでいる誰よりも年寄りで貫禄のある巨木や、昔に住んでいた人が作ったと言うひまわり畑。いつも山菜を取りに来るという森。そしてその森を抜けた先には青く透き通っていて宝石のように輝く海があった。
「わあっ……綺麗……!」
「凄く綺麗だよな。ここ、僕の1番のお気に入りの場所なんだ。」
「他の場所も綺麗だったけど、ここは段違いですね……」
私は言葉を失うほどの美しさに目が離せなかった。しかし、気づけば隣に居る彼は険悪な顔をしている。
「おかしい……この時間は潮が引いてると思ったんだが」
「どうかしましたか……?」
「いや、なんでもないよ。ここは夜になると月が綺麗に見えるんだ。もう少ししたら日が暮れて、見えるはずだから待ってみようか。」
何故だか分からないが、「月」その言葉に違和感を覚え、もどかしい気持ちになる。
そして、いくら待っても月は現れなかった。
「ここには毎日来てるから、昨日も月は出ていたのを見ているし、もう月が出ていてもおかしくないはず。……なんだか風も強くなってきたな。仕方ない、今日は諦めて帰るか。」
そうして私達はおばあさんの家に戻る事になったが、それは叶わなかった。
来た道とは別の道を歩いて帰っていた私達は立っていられないほどの強風に行手を阻まれる。
「つきちゃん……大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫です!衛助さんは!」
「僕もなんとか!……すぐそこに僕の家がある!一旦そこで休もう!」
なんとか彼の家にたどり着いた私達は床にへたり込む。
「つきちゃん……怪我はないかい?」
「大丈夫です……衛助さんは……?」
「僕も大丈夫だ、それより、急に台風でも来たのか……?」
彼はふらつきながら立ち上がり、棚からラジオを取り出した。それを机に置き、ボタンを押すと緊迫した雰囲気が流れる。
「昨晩、月が消失した件で世界は混迷を極めています。専門家の話によりますと、月がなくなった事による自転スピードの変化で生命はまもなく滅びるとの事。繰り返します──」
アナウンサーの強い声に私は混乱したが、それは彼も同じな様で、二人とも暫く状況を飲み込めず固まっていた。
「どういうことだ……月がなくなったって、じゃあ、昨日見たのは本当に……」
「衛助さん……?」
「あー、いや、なんでもない。」
気にするなという彼の顔は明らかに動揺していたが、急に世界が滅びるなどと言われたら誰もが同じ反応をするだろう。しかし、どうして月がなくなったら滅びてしまうのだろうか。私は思い切って彼に尋ねてみる。
「衛助さん、どうして月が関係してるんですか?地球の周りを回っているだけの星でしょう?」
「それはだな、地球は月の引力、引っ張る力のお陰で生命の暮らせる星になっているらしいんだ。だから、月がないと地球の自転は早くなって、強い風が吹き、人の住めない環境になるらしい。かなり前に月のことを調べてる時にみた情報だから、あまり詳しいことは分からないんだけどね。」
「そうなんですね。月、見てみたかったな……」
私がそう言うと彼はラジオを取り出した棚から一冊のアルバムを取り出す。
「これ、僕が取った月の写真なんだけど、良かったら見てごらん。すべてあの砂浜から撮ったものだから。」
差し出されたアルバムを受け取り、そっとページをめくる。するとそこには今日見てきたどの景色よりも美しい月があった。
「どうだい?綺麗だよね。僕、この砂浜から見る月が好きでここに住んでるんだ。月が出てる日は毎日通って写真を撮ってた。」
私が写真を眺めている間に、彼は月について話してくれた。
「月って本当に美しいよね。人々は月に願ったり、月の形をしたものを身に付けていたり、時には、月にはスピリチュアルな力が秘められていると言う人もいて、月の神様を祀ったりすることもある。でも僕はそんな不思議な話よりもただ見た目の美しさに惹かれたんだ。満月や三日月、だんだん形を変えていって、新月には姿を消してしまう。そんな儚くも美しい姿に僕は胸をグッと掴まれた気持ちになったんだ。」
「そっか……衛助さんは月が大好きなんですね。」
「うん、好きだ。どうせなら月を見ながら死にたかったぐらいだ。」
アルバムを見て、そして彼の話を聞いて、私は気づいてしまった。自分の役割に。私は自分の事をなんの価値もないと思っていた。そう。あの時までは──
「太陽様。私はどうして輝けないのでしょうか。どうしてたくさんの生命を宿していないのでしょうか。」
「それは、そうでない自分には価値がないとでも思っているのかね?」
「そこまでは……いえ、そうです。私は地球様の周りを回っているだけでの星で、輝かず、見た目も穴だらけです。そんな私になんの価値があるのでしょうか。」
「わしは、君にも、わしや地球君の様な価値があると思っているのだがね……」
「そんな、私は何もしていないのに……。私はもっと立派な星になりたい、もっと輝きたいんです……!」
「わかった。それなら君がどれだけ価値のある星なのか、見てくるが良い。」
「えっ、どういう事で──。」
こうして私は気付いたら記憶を失い、人間になっていた。
「衛助さん、私、自分の役目が分かったんです。自分がどれだけ必要とされて、価値があって、立派な星なのか……全部わかったんです、だから……」
「つきちゃん……?」
「私、帰らなくちゃ、助けてくれてありがとうございました。たくさんの景色を見せてくれてありがとうございました。心苦しいですが、おばあさんに会っている時間はないので、もう行きますね。私がお礼を言っていたと伝えておいてください。」
「……わかった。」
「ありがとう……」
覚悟を決めたつきは扉を勢いよく開けて外に飛び出す。しかし、そこに彼女の姿は見当たらず、扉の向こうには元通りの世界だけが広がっていた。
「おばあちゃーん!昨日のお話の続きまだー?」
「はぁい、今から読みますからねぇ。」
「遠くに飛ばされた月は、星々の噂で地球が大変だと聞いて急いで帰ります。すると地球さんは目を回してフラフラしていたので、何があったのか尋ねました。すると、地球の中の人間が答えました。僕たちには月が必要なんだ!地球の隣には月がいないといけない!と。それを聞いた月は必要とされていた事に気づき、少し自信がついて、太陽さんに謝って仲直りすることができました。そして月はいつも地球の周りを回って太陽と一緒に地球を照らしています。」
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