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けほ、と咳をする。殴られた身体が痛い。痛みで瞳に浮かんだ涙はすぐさま固まり、石となって床を転がった。
「申し訳ございません、シノさま。ありがとうございます」
「……いいの」
役人はすまなそうに頭を下げた。
シノの涙が枯れてからも、役人たちはシノが泣けるよう尽力してくれた。町で評判の悲恋物語をシノに聞かせ、心震える音楽を奏でる楽人を連れてくることもあった。それなのに、シノは泣けなかった。
今は、痛みから出る生理的な涙しか流せない。だからこれは、仕方ない。殴られた部分をゆっくりさする。
役人は今できたばかりの石を確かめ、困ったように息をつく。痛みでできた石は、質が悪いらしいのだ。彼らはシノから良質な石を回収することが仕事なのだし、この成果では上の者に怒られるのかもしれない。なにか別の手を考えないと、と役人はこぼしながら部屋を出ていった。
「惨いことですね」
荒い息をするシノの身体を、大きな手が抱き上げた。ロットの父だ。彼はシノをベッドまで運ぶとすぐさま傷の処置をした。憐れみをこめた眼差しでシノを見て、部屋を出ていく。
宝石をつくるのは、七日に一度。その日は必ず、彼も都から来てくれる。あとは不定期の問診もあった。そのすべてに、息子のロットもついてくる。
「シノさま」
窓を見上げれば、いつものようにロットの姿が見えた。
シノは富をもたらす貴重な娘として、塔で保護されている。外部の人間に会うことも制限されているから、本当ならロットと会ってはいけない。それなのに、ロットは必ず父の付き添いと言い訳をして塔を訪れ、外から話しかけてくるのだ。
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