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シトラスおじさん、働く
翌日、僕はシトラスおじさんの喉が発する低音の「らーららら、らるー」という謎のアラーム音で目を覚ました。
「ご主人さま。おはようございます。私、アラーム機能もございます」
「おはよう、シトラスおじさん。実に美声だね。おかげさまで、我が家がシトラスの香りが漂う素晴らしい空間になったよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます!」
シトラスおじさんは、実に多機能で、改名した方がいいんじゃないかと思うくらい色々なことをしてくれた。
例えば、芸能人のモノマネをしてくれたり、手品をしてくれたり、「何か音楽かけて」と頼むと流行りの曲を歌ってくれたり、休日に行く予定の行楽地周辺のおススメの飲食店を調べたいと言うと、「数年前に行ったことあるんですが、私の記憶によりますと……」と不確実そうな情報を教えてくれたりしてくれた。
その日、僕は「今日はずっと傍にいたい」と、上目遣いでおねだりしてきたシトラスおじさんと一緒に通勤することとなった。
会社に着くと、上司から「その方は?」とシトラスおじさんのことを訊かれた。
「実は……」と経緯を説明したが分かってもらえず、渋々、シトラスおじさんを家に帰すことにした。
仕事が終わって、家に着くと勤務を終えたシトラスおじさんが僕のベッドでいびきをかいて眠っていた。
僕は、「話があります」とシトラスおじさんを叩き起こした。
「何でしょう?」
とシトラスおじさんは、起こされて不機嫌そうな声だった。
「頑張ってくれて感謝してるんですけど、クビにしたいんです」
「1日目で!?」
「普通の芳香剤を買った方が安上がりだと気付いたんです。だからクビです」
「わ、わかりましたよ」
シトラスおじさんは俯いて、涙をこぼした。
「でも、楽しかったですよ」と僕は言った。
本心だった。
すると、「価値観の違い、ですよね」と悲しげに呟いたシトラスおじさんが、一瞬で服だけになって床に落ちた。
服の中で何かが振動している音がしたので、探ってみると、僕が以前「トイレに置くのは匂いがしないタイプの消臭剤の方がいいな。まだ中身が半分以上残ってるけど、このシトラスの香りがする芳香剤は臭いから捨てよう」とゴミ箱に捨てた、シトラスの芳香剤が振動していた。
商品名が表記されていた箇所が、『私は無用の存在となりました。ゴミ捨て場で悪臭にまみれながら、処分されるのを待っていました。でも、もう一度あなたに嗅いでほしくなり、人間の姿となりました。求職をして、あなたに会えるまで、おじさんバラエティパックで働いていたのです。短い時間でしたが再び会えて幸せでした。たまには、私のことをクンクン嗅いで懐かしんで下さいね。では、さようなら』という文章に変わっている。
涙が止まらなかった。
僕は、なんてバカな事をしてしまったのか。
もう、シトラスおじさんとは、人間化したシトラスの香りがする芳香剤とは会えないんだと、悲しみが込み上げて、茫然とした。
シトラスの芳香剤を両手でギュッと握りしめて咽び泣いた。
すると、「なんてね」とシトラスの芳香剤からシトラスおじさんの声がした。
「えっ」
と驚いた僕は、思わずシトラスの芳香剤を投げ出す。
放り出されたシトラスの芳香剤は、クルクル回転して、いつの間にかシトラスおじさんの姿に変わり、ピタっと綺麗に着地した。
「シ、シトラスおじさーん!」
僕はシトラスおじさんに抱きついた。
「悪いね。なんか、ビックリさせたくてね」
「いいんです、いいんですよぅ。あの、僕、バカでした」
「まったく、その通りだよ」
「ううぅ」
しばらく、涙が止まらなかった。
買った物は最後まで大切に使わないとな、と深く反省した。
それから、僕たち二人は一緒に暮らしていくことにしたのだった。
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