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「…それじゃ、俺は…仕事だからさ…。ありがとう、世理奈。」
彼はそう言いながら玄関の扉に手をかねた。
「尚弘、ありがとうね!」
彼は玄関の扉に手をかけた。彼が居なきゃただのネズミ色の無機質の扉だ。
この時間になると部屋の中には外を走る車の排気音が僅かに入ってくる。私のフローリングを踏み込み、ストッキングと擦れる音が反響してくる。そして玄関で手を振る。
私は大学生になって、華やかに遊ぶ事をイメージしていたが現実は違った。大量の人に馴染めないでいた。髪を茶色にしたり爪を変えても、直ぐには変わらない。
何とか変わろうと心に強く誓った頃にはウイルスの反映で大学も遊びも事実上の停止。あるのは液晶の上に映し出された人の色をしたパネルや先生になるはずの人の色をした液晶のみ。
部屋は静かでつまらない。でも生活もある。何とかしないと思い事務員のアルバイトを見つけた。
小さな事務所のアルバイトを。
そこで起きることは毎日が新鮮だった。
社会で働くというのがどいうものか。本当にドラマの様に社長や部長の一言でやり方が変わるし。嫌なことも沢山あった。
でも新鮮で楽しくて続けていたら、彼氏ができた。尚弘だ。
尚弘は身長180センチを越える。仕事は職場いわゆる営業であちこちをまわり続けている。甘いマスクは芸能人に例えられることはしばしば。
職場、出先でもその存在は有名になるくらい。たまたま私のアルバイトをした職場はそんなに人も多くないから、色恋沙汰は少かっただけで、大企業だったり大きなオフィスビルの中で働く存在であれば引く手あまたで途方も無いアプローチをされたりしていただろう。
小さな職場の若い女のコ。これが彼を引き付けるポイントとなっていたのは環境が幸いした。
でも、この関係が今、揺らいでる。
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