〇〇になりたい

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   多くの木が茂る森。森の中心には透き通るほどの綺麗な湖。  ここは鳥たちの楽園。ほとんどの鳥たちは、みんな仲良く暮らしていました。  湖の真ん中には、この湖を象徴するかのような綺麗な白鳥がゆらゆらと漂っています。  「クゥワ、クゥワ。ああ、なんて美しい白鳥さん。僕もあんな風になれたらいいのに」  湖の(ほとり)で白鳥を羨ましそうに眺めている、一羽のヒナがいました。  「ガー、ガー。弟よ、こんなところで何してる?早く俺たちと一緒に泳ぎの練習をしよう」  湖を泳いでいたアヒルの子が、白鳥を眺めていたヒナに向かって声を掛けました。  「兄さん。僕はいいよ、一人で練習するよ。兄さんたちだけで先に行っていてよ」  ヒナは肩を落とし、うなだれながら言いました。    「弟よ、どうした?何かあったのか?どうして一緒に泳がない」  「僕は、兄さんたちのように上手く泳げないんだよ」  ヒナは湖の中に入った。足をバタつかせ泳ごうとするも、プカプカ浮かぶのがやっとだった。  「俺が引っ張ってやる」。「だったら俺は後ろから押してやるよ」。「だから一緒に泳ぎの練習をしよう」  アヒルの子たちは、弟のヒナに向かって言いました。  「もう、放っておいてよ」  ヒナは怒った口調で言いました。  「どうした?何を怒ってるんだ、弟よ」  「僕はきっと兄さんたちとは違うんだ」  「何が違うんだ?」  「だって僕だけ上手く泳げないし、それに見た目だって違う」  そうなのです。兄たちは黄色いヒナなのに、弟は灰色のヒナだったのです。  「僕は、みにくいアヒルの子。だから一人でいたいんだ」  灰色のヒナは泣きながら訴えた。  兄たちは、「俺たちは見た目なんて気にしないぞ」と励ました。しかし弟は頑なに拒み続けた。兄たちは渋々その場を去って行きました。  そしてまた、みにくいアヒルの子は湖の畔で一人寂しく過ごしました。  「ポッポッポ。君、一人でこんなところにいて何してるんだい?」  ある日、鳩がアヒルの子に話し掛けました。  「僕は泳ぎの練習をしてるんだよ」  「一人で?」  みにくいアヒルの子は、自身の事情を鳩に打ち明けたのです。  兄弟で僕だけだ泳下が下手のこと。そして何より、兄たちは黄色いヒナなのに、僕だけだ灰色だということを。  「でも、お兄さんたちは気にしてないのだろ?君が気にし過ぎてるだけじゃないの?」と鳩は訊きました。  「そんなことないよ。きっと陰では、兄さんたちも僕のことを笑っているんだよ」とアヒルの子は言い、肩を落とし、うなだれました。  鳩は、そのアヒルの子の姿を見かねて言いました。  「だったら僕たちの仲間になるかい?僕たちも泳げないし、なによりも僕たちも灰色だよ」  みにくいアヒルの子は鳩の姿を見ました。確かに灰色の羽毛です。    「鳩さんになるために、何か習得しなくちゃいけないことは無いの?」とアヒルの子は鳩に訊きました。  「鳩になるため?そうだな、()いて言えば、胸を張って自信を持つことかな」  鳩はそう言うと、自慢の鳩胸を見せつけました。  「無理だよ。だって、僕には自信がないもの」  「どうして?」  「僕は上手く泳げないから」  「私も泳げないよ」  「鳩さんは飛べるじゃん」  「君は飛べないの?」  「上手く飛べないよ。だって僕は、アヒルの子だもん。もう一人にさせてよ」  アヒルの子は泣きながら訴えた。  鳩は、「自信がなくても気にしないよ」と励ました。しかしアヒルの子は拒み続けた。鳩は渋々その場を去って行きました。  そしてまた、みにくいアヒルの子は湖の畔で一人寂しく過ごしました。  「コケコッコー。君、一人でこんなところにいて何してるんだい?」  ある日、ニワトリがアヒルの子に話し掛けました。  「僕は泳ぎの練習をしてるんだよ」  「一人で?」  みにくいアヒルの子は、自身の事情をニワトリに打ち明けたのです。  兄弟の中で泳ぎが下手なこと。自分だけ色が灰色なこと。それと、鳩さんみたいに自信が持てないことも。  ニワトリに打ち明けると、アヒルの子は肩を落とし、うなだれました。    ニワトリは、そのアヒルの子の姿を見かねて言いました。  「だったら僕たちの仲間になるかい?僕たちも泳げないし飛べないよ」  「ニワトリさんになるために、何か習得しなくちゃいけないことは無いの?」とアヒルの子はニワトリに訊きました。  「ニワトリになるため?そうだな、()いて言えば、朝一番に大きな声で鳴くことかな」  ニワトリはそう言うと、「コケコッコー」と大きな声で鳴いてみせました。  「クゥワ、クゥワ」。アヒルの子はニワトリを真似てみましたが、ニワトリのように大きな声で鳴くことができません。  「どうすれば、大きな声で鳴けるの?」とアヒルの子は訊ねた。  「気合いだよ」とニワトリは答えた。  「朝早く起きるコツは?」  「気合いだよ、気合。全ては気合で何とかなるもんだよ」  「気合いで何とかなるなら、僕は兄さんたちみたいに上手く泳げるようになりたいよ。もう一人にさせてよ」  アヒルの子は泣きながら訴えた。  ニワトリは、「気合いがなくても平気だよよ」と励ました。しかしアヒルの子は拒み続けた。ニワトリは渋々その場を去って行きました。  そしてまた、みにくいアヒルの子は湖の畔で一人寂しく過ごしました。  「カー、カー。君、一人でこんなところにいて何してるんだい?」  ある日、カラスがアヒルの子に話し掛けました。  カラスは、この鳥たちの楽園で唯一の嫌われ者です。  みにくいアヒルの子は、自身の事情をカラスに打ち明けたのです。  兄弟の中で泳ぎが下手なこと。兄弟で自分だけ色が灰色なこと。鳩さんみたいに自信が持てないこと。ニワトリさんみたいに気合が入れられないこと。全てを打ち明けました。    カラスに打ち明けると、アヒルの子は肩を落とし、うなだれました。  カラスは、そのアヒルの子の姿を見かねて言いました。  「だったら俺の仲間になるかい?僕はみんなから嫌われてる、はぐれ者さ。はぐれ者同士、仲良くしようぜ」  「カラスさんになるために、何か習得しなくちゃいけないことは無いの?」とアヒルの子はカラスに訊きました。  「カラスになるため?そんなもの何もないさ」  何も習得しなくてもいい、と聞き、アヒルの子は嬉しくなりました。  「泳げなくても、飛べなくてもいいの?自信が無くても、気合が入ってなくてもいいの?」とアヒルは訊き返した。  「何も出きなくてもいいさ。それより面白可笑しく過ごそうぜ」  「面白可笑しく?」。アヒルの子は、この言葉に少しウキウキしました。  「そうだ。なんの努力もせず、みんなのご飯を横取りしたり、いたずらしたりして暮らすのさ」。カラスはニヤリと笑いました。  そのカラスの笑った顔は、実に不気味でした。それはアヒルの子にも伝わりました。  「やっぱり、僕はいいや。一人でいるよ」  「今更、遠慮するなよ。俺と仲間になろうぜ」  「いいよ、僕は」。アヒルの子は恐る恐る断ります。  「何でだよ」。カラスは大声で威嚇した。  「クゥワ、クゥワ」  突然、カラスの目の前に、あの白鳥が現れました。いつも湖の真ん中で漂っている綺麗な白鳥です。  その白鳥が左右の翼を広げ、カラスの目の前に立ちはだかったのです。  「カラスさん、小さな子をイジメるのは、お止めなさい」と白鳥は言う  「イジメてるわけじゃない。ただ寂しそうにしていたから、仲間にしてやろうと思っただけだ」とカラスは答えた。  白鳥はアヒルの子の顔を(うかが)う。アヒルの子は怖くて震えていました。  「この子は怖がってるみたいだけど」  「そ、それは……」  「今日は大人しく帰りなさい」  白鳥は左右に広げていた翼を、さらに大きく高く広げた。翼についていた滴が光に反射し、白鳥の姿がキラキラ輝いた。  「くそっ」と悔しがりながらカラスは去って行った。  「どうして、こんなところで一人でいるの?」と白鳥はアヒルの子に訊いた。  みにくいアヒルの子は、自身の事情を白鳥に打ち明けたのです。  兄弟の中で泳ぎが下手なこと。兄弟で自分だけ色が灰色なことを。  「あら、あなた、私と似ているわね。私も小さいときアヒルの子として育てられたの。兄弟の中で上手く泳げなかったし、見た目も違ていたわ。でも成長して分かったの。私はアヒルではなくて白鳥だったんだ、って」  白鳥は自身の翼で、アヒルの子を頭を優しく撫でました。白鳥はそのまま話を続けます。  「成長の速度は人によって違うものよ。小さいときは泳げなくても、大人になってから泳げるようになったり、飛べなかった子も、飛べるようになったり。だから焦らず安心して過ごしなさい」  「じゃあ、僕も白鳥になれるの?」とアヒルの子は白鳥に訊きました。  「それは、大人にならないと分からないことよ」  「じゃあ、そんなの気休めじゃん。お気楽に言わないでよ。もう一人にさせてよ」  アヒルの子は泣きながら訴えた。  白鳥は、「あなたは私とそっくりよ」と励ました。しかしアヒルの子は拒み続けた。白鳥は渋々その場を去って行きました。  みにくいアヒルの子は湖の畔で一人寂しく過ごしました。  時は経ち、アヒルの子は羽が生え変わり、大きく育ったのです。なんとアヒルの子はアヒルではなく、白鳥だったのです。  みにくいアヒルの子が白鳥に育ったという噂を聞き、みんなが駆けつけました。  「弟よ、まさかお前が白鳥だったとは。でも良かったじゃないか」と兄のアヒルたちは言いました。  「白鳥になれて良かったね」と鳩とニワトリは喜びました。  「まあ、これからも達者でな」と、素っ気なくですが、カラスも祝いました。  白鳥に育ったアヒルの子は、みんなに言いました。  「見てくれよ、僕の首。湖の真ん中で漂っている白鳥に比べて、太くて短いだろ。それに翼だって、あの白鳥より小さい。ああ、僕はなんて、みにくい白鳥なんだ」  白鳥は「一人にさせてくれ」と泣くながら訴えました。みんなは「僕たちより綺麗だよ」と励ました。しかし白鳥は拒み続けた。みんなは渋々その場を去って行きました。    白鳥は湖の畔で一人寂しく過ごしました。 ******** もう思いわずらうのはやめろ。なるようになる。すべてがなるようになる。ただ人間は、それを愛しさえすればよいのだ。 ロマン・ロラン (仏:小説家,劇作家)
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