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朝、彼女が室内に入ってきたとき、職場の全員が口を開けたまま唖然としていた。
昨日まで見ていた小芝さんの姿からは一変して、まるで別人のようなその見た目。
長かった黒髪をばっさり切って、というよりも刈っていて、高校球児のような丸刈り頭だった。三ミリとか四ミリとか、そんなぐらい短い髪の毛。
黒縁の眼鏡だけはいつものように掛けてはいるものの、彼女のその姿は違和感しかなかった。
「え、えっと、小芝、さん?」
驚きが隠せない様子の皆を代表して、隣の席に座る私がそう声をかけた。
「あ、おはようございます」
「おはよう、いや、えっと、どうしたの、その、髪型」
「ああ、これですか。特に理由はないんですけど、なんとなく」
「……へー、理由はないんだぁ」
私がそう答えると、彼女は自分のPCを作動させて仕事の準備に取りかかった。フロアにいる全員の視線を感じる。
お前が代表として何があったのか聞けよ、そんな視線をひしひしと。
「いや、でもさ、なんとなくで坊主にするって、その、よっぽどじゃないかなって、思ったりして」
「ダメですか? 坊主」
「ダメってわけじゃ、ないんだけどね」
「じゃあ、もういいですか?」
「え、あ、うん」
そうして小芝さんとの会話は終了してしまった。皆のため息が聞こえてきたように感じて、なぜか私が責められているみたいに思える。
「それで結局なんだったの?」
電話越しに聞こえてくる栄子の声は弾んでいた。
その日、仕事を終えて帰宅した私は真っ先に高校時代からの親友である栄子にそのことを話したのだ。彼女は興味津々で私の話を聞き、大げさにリアクションを取る。
私とは違い、高校を卒業してすぐに就職をした栄子は職場で出会った彼と二十歳で結婚をした。その翌年には子どもを産み、今では小学生と幼稚園児の二人の娘を育てている。
電話越しに子どもたちの笑い声が聞こえてきて、時折栄子の怒鳴り声が響く。
「ごめんごめん、子どもが走り回っててさ」
「また後でかけ直そうか?」
「いや大丈夫大丈夫。いつものことだから。それで、その小芝さんはどうして坊主にしたのかわかったの?」
「いやそれが、結局何もわからず終いでさ」
「そうなんだ。まだ若いんでしょその子」
「うん。私よりも四つ下だから、まだ二十四だね。腰ぐらいまであった黒髪だったんだけどさ、ばっさりいっちゃって、っていうかバリカンでガッて感じで」
「バリカンでガッ、か。若い女子が突然坊主頭にするってさ、やっぱりなんか理由があるよね。髪の毛って大事じゃん。人の印象の何割かは髪の毛でしょ? うちの子でさえまだ幼稚園児なのに髪の毛にはこだわりあるからね」
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