私は王になりたい、あなた様のような

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 それは真夏の昼の出来事で、久々に帰国した友人を車に乗せ、国道を走っているときだった。 「なにかいなかった?」 「幽霊か?」 「ネコかも」 「ネコ?」  片側二車線の道沿いには、飲食店やらスーパーやら、有名チェーン店が立ち並んでいる。 「このままだと轢かれるかも」 「まじか、戻るぜ」 「よろ」  側道に入り、助手席からなにか見たらしい友人の指示に従い、某居酒屋チェーンの駐車場付近で車を止める。  車から降り、たぶんこの辺だったはず、と歩く友人についていく。 「ああ、やっぱりいた」  小さい。めちゃくちゃ小さい。  めちゃくちゃ小さいふわふわしたものがびゅんびゅん車の通過していく車道の隅でよちよち歩きをしている。 「めっちゃ子ネコじゃん」 「とりあえず移すぞ」  駐車場の日陰に避難させると、子ネコはへろへろの体で周辺をウロウロした。  辺りを見回すも、母ネコらしき姿はない。 「とりま必要そうなもの揃えてくるわ」 「よろ」  現場を友人に任せ、車に乗り込んで最寄りのドラッグストアへ向かう。  何が必要かぼんやりしたまま陳列棚を眺めながら、しかしできるだけ迅速に戻らねばと焦りながら商品を籠に入れていくと、水、紙皿、タオル、軍手、キャットフードとまるで防災グッズのようなラインナップになっていた。  段ボール箱も一つもらい、現場に舞い戻る。 「めっちゃ水飲んでるね」 「脱水状態だったんじゃね」 「この暑さだしね」 「やばいもんね」  汗をだらだら流しながら、しゃがみこんで子ネコを観察する。  灰色というか、黒っぽい毛のネコだ。  目ヤニが大量に付いていて、鼻水も出ている。  人間を警戒しないのは、人慣れしているのか、まだ何を警戒すべきかすら知らないのか。 「どうしようか」 「どうしようね」  子ネコが道へ飛び出していかないように見守りながら、スマホで検索をかける。 「保健所に連絡するのが一番っぽいけど」 「殺されるわけじゃありませんみたいなこと書いてあるねえ」 「んじゃ、掛けてみるわ……出ねえ」 「あ、今日休みみたいね」 「まじか」 「となると、病院連れてくしかないか」 「休日診療可のとこ……あったわ。けっこう近い」 「運転よろ」  段ボールにタオルを敷いて、子ネコを中に入れる。  移動中、子ネコは上を向いて、特有の甲高い声でたくさん鳴いた。 「不安なのかなあ」 「母ネコを呼んでるのかもね」 「ごめんねえ、でもそのままだとお前確実に死んでたからさあ」  病院は長蛇の列だった。  正確にいうと順番待ちで、一時間以上車中で待たされることになった。  水を飲んだおかげか、子ネコはダン箱の中で跳ね回るほどには元気を取り戻していた。 「今後について話をしよう」 「そうしよう」  自分は一人暮らしのアパート暮らしで、物件は犬猫不可である。  友人は今は実家に住んでいるが、一時的に地元に戻ってきているという状態だった。  友人が実家に連絡し、現在の状況を説明した上で、ひとまずの子ネコの受け入れ先は友人の実家に決定した。 「ありがとうよ」 「見つけた責任があるからねえ」  やっと診察の順番が回ってきて、診てもらった結果は脱水症状に加えて風邪も引いているということだった。  注射を一本打ってもらい(今日イチ大きな声で鳴いた)、診察カードを作り次回の予約もした。  子ネコを友人の実家に置いて、受け入れ態勢を整えるために追加で買い物をしに出かけ、帰ってくる頃には日は完全に沈んでいた。 「怒涛の一日だった……」 「里親探しとかしないとだね……」  その後、結局子ネコは友人の実家の家ネコになった。  いつの間にかキャットタワーなんかも設置されて、子ネコにとっては本当に良かったなと思っていたところだった。  子ネコの様子がおかしいと、緊急で病院に連れて行ったと友人から連絡が入った。一回目の予防接種を打ち終えた後だったという。  検査の結果は、子ネコはエイズのキャリアだった。つまり、免疫機能が働かないところに、病原体を体に注射されてしまった、というような状況らしい。  生死の境をさ迷って、子ネコは生き残った。 『はあ、ネコになりたい』 『ほう』 『君んちのネコになりたい』 『幼少期超絶ハードモードだけど大丈夫?』 『でもさあ、この写真見ちゃうとさあ、何このセレブ生活って思うじゃん』 『まあねえ』 『窓辺の一番あったかいとこにさあ、自分専用のベッド設えてさあ、すべてを手に入れた者の顔してるじゃん』 『王だからね』 『あー、王になりたい』  友人から転送されてきた画像には、サバトラの艶やかな毛並みを持った、眼光鋭い王様の姿が映っていた。  その姿は神々しく、見るものすべてを幸せにするという。メイビー。
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