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「なあ、今俺は凄い酔ってるんだ。」
「凄い酔っている?酒豪のキリが?」
俺はこいつが酔っ払って呂律が回らなくなったり、まともに歩けなくなったりした所を見たことがない。今だって顔こそ多少赤みが差しているが、頭ははっきりしているだろう。
「ああ、そういうことにしてくれ。これは酔っ払いの戯言だから、聞きたくなかったと思ったなら、忘れても構わない。」
「はあ?」
まあ、酒が入っていないと言いにくいことってあるからな。ひょっとして、真面目で優しいキリのことだから、俺に対して不満があっても彼氏と別れて傷心中だからって我慢してたんじゃないか?
まあ、俺がこんなにキリの住んでいるアパートの部屋に出入りしていたら、恋人とかも作りにくいよな。こいつは良い奴なのに俺と違って浮いた話とか全然聞かないし。
「えっと。キリ、悪かった。」
「何?」
キリは目を丸くした。
そんな相手の反応には構わず、俺はさっさと話を続けることにした。
「いつも俺は自分のことばっかりで、お前の気持ちとか考えてやれなくて…。俺に何か不満があったら、」
「セイに不満なんてないよ。」
そう言って、キリは俺をどこか切なくて熱っぽい眼差しで見て来た。
まるで歴代彼氏が恋愛の盛り上がっていた頃にしていたような眼差しだった。
ちょっと待て。
なんで俺をキリがそんな目で見るんだよ?!
それから、キリは手を俺の方に向けて持ち上げた。
反射的に体がびくついてしまった。
そんな俺の反応を見て、キリはまるで諦めたように手を下した。
キリは顔を下に向けて熱い溜息をこぼした。
「不満なんてない。それは本当だ。でも、いい加減優しい幼馴染の顔をして、セイの傍にいるのも限界なんだ。なあ、俺はお前のことがずっと、」
「悪い!俺は用事を思い出したわ!」
酔いが一気に冷めてしまった。
俺は急いで立ち上がると大慌てでキリのアパートを出て行った。
そんな俺の後ろ姿をキリが見つけてそうで、後ろを振り向くことが出来なかった。もう終電は出ていた時間だったので、俺はキリのアパートから2駅離れている自分のマンションまで歩いて帰ることになった。
次の日。
俺は酷い頭痛と共に目を覚ました。
まあ、そこら中に転がっているビールの空き缶を見れば、順当な所だろう。
あれから自分のマンションの部屋に帰って来てから、自棄になって酒をガンガンに飲んでしまった俺は、今頃になって自己嫌悪に苛まれていた。
「俺ってマジで最低…。」
俺はカラカラに乾いた喉で、ぼそりとそう呟いた。
キリが俺のことを?
そんなこと、全然気が付かなかった。
そして、俺があいつの気持ちを知った時、嬉しいなんて感情は全く湧いてこなかった。
優しい幼馴染であるキリが元彼たちと同じように振舞うようになったら。
俺の頭はそれ一色で染められていたのだ。
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