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「勇作(ゆうさく)君は、唯より私の事が好きなんだってさー」  晴れ渡る夏の校舎。蝉の主張が咲き乱れる教室の一角。うだるような暑さの中、半そでのワイシャツに身を包んだ背の高い男子の腕に、平均よりは少し大きな胸元を押し付けている制服を着た少女の姿がある。少女は満面の笑みを浮かべ、背の高い男子の名前を呼びながら、艶やかな視線を向ける。  向かい合うように、唯と呼ばれた小柄な少女がいる。小柄な少女の視線は男女を交互に捉え、背の高い男子生徒を見据えれば、男子生徒は短く刈り上げた頭をガシガシと掻きながらため息を一つ。 「だって、付き合って1か月も経ってるんだぜ。それなのにキスだけって、ありえねぇだろ。だからお前とはこの場でお別れだ。唯」 「え……そんな。ね、ねぇ、勇作君。だって、だってさ」 「だって? なんだよ? 俺は待ったぞ。唯がいつまで経っても踏ん切りがつかないから、こっちもうんざりしてたんだよ。だからもう関わってくるな」  突然の離縁宣言に、唯と呼ばれた少女の言葉は続かなかった。  勇作と呼ばれた男子生徒は踵を返し、教室を出ていった。胸を押し当てていた少女は、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、唯へと声をかけた。 「唯、そう言う事だから」 「ま、待ってよ。ねぇ、真由美知ってたよね? 私と勇作君が付き合ってたこと」 「え? そうだね。でも私も勇作君の事が好きだったんだもん。勇作君が私の方が良いって言ったんだから、それ以上唯が言える事ってある?」  真由美と呼ばれた胸を押し当てていた少女は、乱れたスカートを整え、汗ばんだシャツを煽り、頬に張り付いていた髪を整え、机の横にかけられていた鞄を手に取った。 「そう言う事だから。今後は邪魔しないでねぇ」  真由美は教室後方の扉から出ていった。  窓からじりじりと照りつける太陽は未だ健在。現状の整理がようやくついてきた唯に出来たのは、まず泣くことからだった。  泣きながら、先ほど振られた彼のことを思い出していた。  高校2年の夏。一月ほど前に、バスケ部のエースであった勇作に勇気をもって告白し、受け入れられた唯の気分は幸せの絶頂だった。勇作は背も高く、面白く、バスケ部のエースと言うこともあり、女子から人気のある男子だった。  吹奏楽部の合宿の時、罰ゲームで恋バナをせざるを得なくなったため、正直に好きな人の名前を上げ、応援すると言ってくれた吹奏楽部の友達。そんな彼女らの後押しもあり、勇気を振り絞って告白したら、受け入れてもらえた。友達にも当然報告した。  付き合ってからは、授業中も、部活である吹奏楽でパートであるフルートの練習中も、夜ベッドで横になっているときも、勇作の事をずっと思っていた。携帯も肌身離さず、メッセージが来るたびにドキドキしながら返信をしていた。  デートでも映画館、水族館、遊園地など、色々なところに行った。手を繋ぎ、バスケで鍛えられた腕はたくましいと思ったし、高い身長はときめきを感じるものだった。  度々家に来ようとしたり、家に呼ぼうとしたりと言うのは多かったが、いずれは、と言うのは唯の中にもあった。ただいかんせん始めてのため、踏ん切りがつかなかっただけだ。  そんな中、今日は忘れ物を取りに来ただけのはずなのに、誰もいないはずの教室に何故かいたのは。自分の彼氏であるはずの勇作と、同じ吹奏楽部であり、友達であったはずの真由美の姿。  二人は、教室でキスをしていた。 「……友達だと、思ってたのに……」  忘れ物を取りに来たことすら忘れ、意気消沈して部室に戻った唯。練習に身が入らず、顧問の教員に何度も注意を受けたことも曖昧になったまま、彼女はその日帰宅した。
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