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部屋の奥にひときわ背の高い木がある。そこには、一匹のカメレオンがいた。恐竜を思わせるどっしりとした体つき。緑色の鮮やかな体表。くるくると動く潜望鏡を連想させる丸い目は頑丈そうな皮に被われている。彩は息を飲んだ。
「エリカ、そこにいるのは僕の大切な人だ。挨拶してくれるかい」
突然、天井から和也の声が聴こえる。数か所にスピーカーが設置されているのだ。
カメレオンがその声に答えるように、舌を伸ばした。
それを見た彩は、長い舌にからめとられるような気がして眩暈を覚えた。
「エリカって…カメレオンだったんだ…」
「そうなんだ。苦手な女の人が多いから、どうしても言い出せなくて」
彩は数歩、後ずさる。
「…ごめん、結婚のこと、もう少し考えさせて…」
踵を返しフラフラと玄関まで向かおうとするが、鬱蒼と並べられたグリーンのせいで方向がわからない。そうか。もしかしたら、ここはマダガスカルの密林なのかもしれない。
「待って! 送るよ」
その声に返事をしないまま、彩はよろめきながら玄関にたどり着き、去っていく。
和也は茫然と玄関に立ち尽くしていた。
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