彼の告白

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 彼からプロポーズされた。  まあ、そろそろだろうとは思っていたので、それほど驚きはしなかったけど、もちろん私はそれを喜んでいる。  だから、OKしようとしたのだけど。 「ただ一つだけ、結婚する前に言っておかなきゃならない事があるんだ」 「え?怖い、なにそれ」 「ごめん。でも、多分言っておかないと、君に迷惑かけるかも知れないし」 「……なに?」 「実は僕、変態なんだ」 「……は?……何言ってんの?」 「あ、ごめん、僕の言い方がまずかった!」  彼は照れ笑いで手を振ふると、真面目な顔に戻って言い直した。 「僕、完全変態なんだ」 「は?」 「これは多分、言っておかないとと思って」 「いやいや、何言ってんの?なに、完全に変態とか、威張って言っちゃってるの?」  これはやばい奴じゃないか?  勘弁してよ。好きになった男が変態だと?? 「え、いや、完全に変態というか、『完全変態』なんだけど」  私は自分の額に青筋が立っている気がしたけど、収めることはできなかった。 「だから、なに変態だって威張ってんのよ?バッカじゃない⁉」 「え⁉あ!やだな!何言ってんだよ!」  彼はへらへら笑って、しかも少し照れている。 「ダメだよ、もう、嫁入り前の娘が変な想像しちゃ!今ヘンなこと想像したでしょ!もう!ダメダメ!」 「はぁ?」  イラつく、こいつ。  私はもう少しで彼を殴りそうになったけれど我慢した。  変態を下手に怒らせるのはまずいかも知れないという理性が脳内で働いたのだ。 「そうじゃなくて、完全変態!」  結局私は奴の顎を殴った。  しばらくの間フラフラしていた彼が体勢を立て直すと、ごめんごめんと謝りはじめる。  もう遅いだろう。 「でも、違うんだよ」 「何が?」 「勘違いさせてゴメン。でも聞いて、そっちの変態じゃなくて」 「どっち系の変態でも断るわ」 「聞いて、落ち着いて、つまりね、僕に限らず人間は本当は……」  私が繰り出したアッパーカットを、奴は今度は防いだ。  さすがは一度は私が好きになった男なだけはある。  私の右手を両手で捕まえたままの彼に私は言う。 「ふざけるな。とどのつまり人間はみんな変態だとか抜かすんだろうが?」 「もう、怒ったら口調が荒っぽくなるんだから!怒んないで聞いて、お願いだから。言ってるでしょ『完全変態』だって。学校で習ったでしょ?」 「はぁ?」 「忘れてるだけだって。蝶々は子供のころイモムシでしょう?あの変態の方の話だよ」 「……逆に判らんわ」 「だよね。本当、なかなか理解は出来ないと思うんだけど、言っておかないと、その時になって言われても困るでしょう。だから」 「判るように言え」 「よし、初めから説明するよ。人間も本当は完全変態の生き物なんだけど、蛹になるまでに千年かかるんだ。だから普通は蛹になる前にみんな死んじゃうでしょう?それで人間はみんなそんなこと忘れてるんだよ。幼体でも生殖能力のある生物だから絶滅はしないでいられてるんだけどね。あ、今の状態ね。今は君も僕も本当は人間の幼体の段階なんだよ。それで、僕の家系は実は百年で蛹に変態する珍しい種族でね、ほら、今は人生百年時代とか言うじゃない?昔は人生五十年だったからそれ程心配いらなかったんだけど、僕もひょっとしたら百年以上生きてるかも知れないでしょ?その時,急に僕が蛹になったら、君が困ると思ってさ。やっぱり驚くでしょ、朝起きて隣に蛹寝てたら」  私は想像してみた。  しかし、百歳にもなって同じベッドで寝てるなんてどんだけ仲良し夫婦なんだよ。という感想しか浮かんでこなかった。 「驚いて殴りつぶしちゃうかもね」 「ほらぁ、それが一番心配!せっかく蛹になったのに、君に殴りつぶされるなんて悲劇だよ」 「それで、蛹の次は何になるの?」 「それが、なかなか文献が無くてねえ、はっきりとは判らないんだけど、曾爺ちゃんの話ではモルフォチョウくらい奇麗な蝶らしいよ」 「今生きてる人で誰も見た人いないの?」 「うん、多分。曾爺ちゃんの話も時々あやしかったから、本当のことだったかどうかはちょっと。一昨年死んじゃったからもう確かめられないし」 「お幾つだったの?」 「九十七歳」 「惜しかったわね」 「本当に。親族一同みんな期待してたんだけどね。あ!もちろんそれだけじゃなくて、本当に爺ちゃんが死んで悲しかったんだよ!本当だよ!」 「判ってるって。あんたが家族思いなのは知ってる」 「良かった」 「でもみんな知らないんだったら、アゲハチョウ上科、セセリチョウ上科、シャクガモドキ上科以外かもしれないし、そもそも蝶であるかも判らないんじゃないの?」 「うーん、言い伝えでは蝶っぽいんだけど……。やっぱり嫌かな?こんな種族の僕じゃ」 「別にいいけど」 「本当に?」 「うん。だって、こんな短気な私を理解してくれるのって、あなたしかいないと思うし、何より、私だってあなたのこと好きなのよ」  彼は少し目を潤ませた。そしてさっきから私の手を捕まえたままの手に少し力が入る。 「ただ、結婚したら料理の担当は私に任せて」 「え?でも負担にならない?分担した方が」 「いいの。私が食事の担当。それで、あなたがそこまで長生きしないように頑張るわ」 「いやいやいやいや」
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