嘘つき

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「なにが?」 「高校は一緒にいけなくても、大学は一緒のところに行くって言ったくせに」 たしかに言った。しかし———— 「だって仕方ないじゃん」 「なにが? 全部お前の努力不足だろ」 「そうかもしれない。でも俺は、州みたく優秀じゃないから」 州は苛立ちを抑えきれずに、ビニール袋を振って枚田の胸にぶつけた。 それから、ばつが悪そうに背を向ける。 「あの約束も忘れてんだな」 「約束?」 「大学生になったら一緒に住もうって言ったのはそっちだろ!」 枚田が黙り込むと、彼は耐えきれないとばかりに走り出した。 「州!」 足元がサンダルというハンデはあるが、それでも本気を出せば彼にはすぐ追いついた。ランニングの成果がこんなところで出るとは思わなかった。 掴んだ手首を振り解かれて、また掴む。 彼が逃げられないよう塀に押し付けると、胸元からはあの、金木犀のようなあまい香りがわき立った。 「忘れてたわけじゃないよ」 「嘘つくな」 「嘘じゃない。俺なりにちゃんと考えて、一緒には住まないほうがいいと思った」 州が顔を上げる。 はっきりとショックを受けたのがわかった。 「勘違いしないで。州を大事にしたいから言ってるんだよ」 「言い訳はいい」 「この前のあれで思った。また州があんな風に迫ってきたら、もう我慢できないだろうなって」 彼は黙っている。枚田はその薄い肩を撫でて、気を鎮めてやろうとした。 「州が正気じゃない時にそういうことするのは、やっぱり違うと思う。俺が嫌だから……」 それでも彼の傷ついた顔を見るのが辛くて、そっと抱き寄せる。 「州、野木受かったらひとり暮らしするんでしょ。遊びにも行くし、辛かったらしりとりにも付き合う。でも……」 「わかった。このままフェードアウトするってことね」 「州!」 彼は脇をすり抜けていってしまった。 呼び止めても振り返ることはない。 「今はそうでもすぐ変わるよ。マイはすぐ楽なほうに流されるから」 「どういうこと?」 「とにかく、お前とはもう終わりだ」 枚田は咄嗟に言葉が出なかった。 楽なほうに流される? たしかに州に比べたら努力もせずに生きてきたかもしれない。 ただこの数年間で、彼を裏切ってきたつもりはなかった。 何から何に流されたというのだろう。 感情を噛み締め、顔を上げると、州の姿はすでに見えなくなっていた。
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