夕方の彼

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* いざ放課後になっても、あのメッセージの件が引っかかり、目の前にいる柿木とのやりとりがおろそかになった。 それでも、映画を観ている間はまだなんとかごまかせたが、ファストフード店に移動して会話をしている際は、何度も「聞いてる?」と言わせてしまった。 「この後、まだ大丈夫?」 やがて彼女がそう聞いてきて、枚田は壁時計を見た。すでに陽は落ちたが、まだ夕方だ。 「うん」 「公園でちょっとお話しよう」 ついに来てしまったと、枚田は思った。 肯定すると、彼女はトイレに行ってくると言って席を立った。勝負に向けて、身支度でも整えてくるに違いない。 枚田は、この後待ち構えているイベントに気落ちしながら、彼女の姿を見送った。 どう返事をすればいいんだろう。 なんて言えば、彼女は納得してくれるだろうか—— 背もたれに寄りかかりながら、そんなことを考えていると、トレーに置きっぱなしになったままのスマートフォンが震えて、音を立てた。 すっかり見慣れたニューヨーク州旗——遠目からでも、誰からのメッセージなのかがわかる。 ポップアップされたその内容に、枚田は戸惑い、思わず立ち上がった。 「マイ、たすけて」 ただそれだけの、シンプルなメッセージが入っていた。 慌てて電話をかけるものの、通じない。 「どうした? なにかかあった?」 焦って誤字をふくんだままメッセージを送ると、すぐに返信がきた。 ——彼の言い分はこうだった。 ひとりでぶらぶらしていたら、知らない男に声をかけられた。「東京に出張に来たのだが、一人で食事をするのがつまらないから一緒にどうだ」という誘いだったらしい。 枚田に断られたし、たまたま暇だったので、なんとなく誘いに乗ったら、相手の宿泊先、つまりホテルに連れ込まれてしまったのだという。 部屋に入った途端、相手の目の色が変わり、強姦されかけた。 とりあえず今はトイレにこもっているが、そう時間稼ぎもできないだろう————— 枚田はホテルの場所を聞くと、バックパックを肩にかけた。 置き去りにしてきた柿木のことは、今は考えられなかった。
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