夕方の彼

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* 州のいるビジネスホテルはここからふた駅だ。どんなに急いでも、15分はかかるだろう。 電車に揺られながら、枚田は彼の身を案じた。 自分が断らなければ、ばかな誘いにはのらなかったはずだ。 自分のせいで、州をふたたびひどい目に遭わせるわけにはいかない———— 焦りを持て余し、しきりに足踏みをしながら、駅に着くのを待った。 幸い、指定されたビジネスホテルは駅の目の前にあり、GPSに頼ることもなかった。 枚田は駅の階段を2段ずつ飛ばしながら降りて、左右もろくに確かめずに車道を横断した。 ホテルのエレベーターに乗った途端、どっと汗が吹き出してきて、額から眉、頬骨へと伝う。 手の甲で慌ただしく拭いながら、州の元へと急いだ。 ——部屋の扉は、薄く空いていた。 隙間にドアガードが挟まれ、解錠されている。 枚田はドアを開けて、その中に身を滑らせた。 室内は暗く、静まり返っている。 「州?」 手前のユニットバスを覗き込むが、人の気配はない。 すると、スマートフォンのアラーム音が突然、室内に響いた。 音を頼りに奥へと進むと、ベッドの上の黒い影が動いた。 「州!」 目を凝らすと、輪郭がはっきりとしてきて、肌の白さで彼だとわかる。 着衣は乱れてないし、ベッドはきれいにシーツが張られたままだ。 「大丈夫だった? なにかされて——」 声をかけると、彼はなぜか笑い出した。 笑い声とアラームのメロディが不協和音となって重なり合う。 やがてアラームが止んでも、枚田は状況がよく把握できずにいた。
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